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集められた面々は、一目で分かるほどに独特だった。
「サレンです。どうぞよろしくお願いします」
案内されたのは扇形の講堂。
ざっと百人は入れる広さに、外見とは対照的なまでに綺麗な内装。
廊下の三倍は明るい照明に、隅に視線を向けても埃の一つも見つからないほど綺麗に保たれている。
(…………返事はない、か。そりゃそうか。新入生が来るなんて前例がないみたいだし)
恐らく先輩にあたる人達は、互いに間隔を取って座席に座っている。
サレンをここまで案内したチョコは、距離が近い一番低い位置に。
その反対として、フードを被った赤茶髪の女性がジッとサレンを眺めている。
(凄い見てくるけど、もしかして顔見知りだったり?)
心の中でそう思えど、サレンを凝視してくる相手が動く気配はない。
こうなったら自分から、と意を決した直後。
「痛たたた。ごめんなさいね、なにぶん仕事が溜まってしまっていて…………」
サレンが入ってきた扉とは逆側。
恐らく面する部屋とを出入りする小さな扉から、背中が大きく曲がった男性が姿を見せる。
「あぁ、君がサレンさんね。僕は精霊科の生徒の担任をしているイグニアというものです。まー、ね。サレンさんも入学初日で災難だったと思いますけど、どうぞ他の生徒の迷惑だけはかけないようにしてください。あとは、そうですね。チョコさんから聞いてくれれば」
白髪交じりのボサボサの黒髪、色濃い隈に荒れ果てた髭。
年齢は恐らくサレンよりもずっと上なのだろうが、ヘラヘラと喋る姿は実際以上に幼く映った。
「ちょっとイグニア!なに勝手にアタシに丸投げするわけ!?担任ならちゃんとしなさいよ!」
至極真っ当な指摘をされたイグニアは、困った様子で無精ひげを掻くと。
「そうは言いましても、特にお伝えすることもないですし。それに、ここに新しい生徒が来るなんて話は聞いてなかったですから、こう見えても僕は忙しいんですよ」
「寝ぐせつけたまま喋ってもバレバレだからね」
「…………僕の地毛は元からこんなものです」
「兎みたいに飛び出てるのよ。みっともないから鏡見てきなさい。今すぐに」
一ミリもやる気のない先生に、親のように説教する生徒。
構図がまさに終わっているのだが、却って他生徒の沈黙を破るのに役立ったらしい。
「人体科、学士三年。シュラ・ヤギュウという。よろしく頼む」
いるじゃねぇか。
さっきのチョコの説明はなんだったのかと、サレンは本気で叫びそうになったが。
「トア・アルベルド!トアと呼んでくれて構わないのだよ。こう見えて造形科、学士一年。なりたてホヤホヤというわけだな」
更に出てきたので、単に自分に才能がないと思われただけだとサレンは解釈した。
そこから、続けて名乗りが続き。
「……………………クアム・ノア」
「ホムラ・ドラグニル。動物科二回生」
「ららら、ライネ・ユリツァーノ、です!どうぞ、よろしくお願いします!…………あ、地質科の学士三年になります…………」
「念のため伝え解くと、クアム先輩は文学科四回生。この中だと一番の年長者になるわ」
「よろしくお願いしますね。クアム先輩」
「…………」
返事もなく顔を背けるクアムを見て、チョコは小さく息を吐くと。
「気にしないで。クアムさん人見知りだから、ちょっとだけ緊張してるんだと思う」
「一つ、聞いてもいいか?」
割って入ってきたのはシュラだった。
思わず少し驚くサレンに対し、シュラは簡潔にこう尋ねた。
「貴殿は、何故ここに?」
「…………そう、ですね。それなら、見せたほうが早いかもです」
口調は堅いが、少なくとも敵意があるようには思えない。
特に一番遠くで睨むようにみているホムラという人物も同様なので、サレンはここで自分の秘密を開示することにした。
「「「「「「…………」」」」」」
「えっと。そういうことです」
「『土の精霊、序列二位のマウナ・ロアだ。ロアと呼んでくれ』」
当然のように自己紹介を済ませると、ロアはその場で大きく体を伸ばし。
「『ここまでずっと隠れていたのでな。思いのほかに肩が凝ったようだ』」
「虎って肩凝るわけ?」
「『さてな。小生は虎を見たことがないから分からん』」
「それ言ったら私だってないし。てか普通はないでしょ」
何気なく二人だけの会話を行ったあと、周囲が完全に沈黙していることにサレンは気が付いた。
(ヤバ。さらっと見せちゃったけど、もしかして精霊とかダメな感じだったわけ?)
一応、サレンの中で受け入れてもらえる算段があったから開示したのだが。
よくよく考えてみれば、彼らは全員が別の学科から異動させられ、渋々精霊科に所属しているだけの人たちだ。
精霊科の人間なら精霊を前にしても驚かないかと問えば、恐らく可能性は普通よりは高い程度。
殆ど反射的に否定されることも、瞬間的に拒絶されることだって起こりえる相手だろう。
そんな懸念が瞬時に脳裏を駆け巡ったあと、サレンの耳に届いた声は。
「……………………普通だな」
怒りでも悲しみでもない。
どこか自分に言い聞かせるような、当然と言わんばかりの納得だった。
「序列持ちの精霊と契約って聞いた時はビックリしたけど。考えたら精霊科に精霊がいないほうが変だし」
「どうでもいい」
「う、ウチも、気にならない、です。なんていうか、ウチらと違って悪いことしたわけじゃないですし…………」
「トアが思うに、ライネ氏は悪いことはしていないと思うけどね」
「そりゃトアと比べたら全員そうでしょ。アタシだって、別にそこまでじゃないと思うし」
「…………否、チョコ殿はまぁまぁ暴れてたと思うが?」
「嘘、シュラにだけは言われたくないんですけど!?」
「あああの、その、喧嘩はダメ、ですよ…………!」
「無視でいいよ。キリないし」
「ホムラ氏はもう少し興味を持ってもいいと思うがね…………」
もはや議題は完全に彼方に消えていた。
仮にも壇上に立たされているというのに、サレンに視線を向けている人間が一人としていない。
「…………?」
「…………っ」
いや、一人だけ。
確かクアムと名乗った男だけが、どこか陰気な気配を漂わせた視線をサレンに向けていることに気が付く。
(『なにアイツ?トアの知り合い?』)
(『…………さてな。断言するには情報がなさすぎる』)
(『それはそうね。にしても、この人たちって実力的にはどうなわけ?ロアには分かるんでしょ、魔法使いとしての素質、的なアレ』)
優秀な魔法使いは、相手が纏う魔力を見ただけで技量が分かるという。
生憎とその才能が欠落しているサレンにとっては、もはやオカルトに近い領域にある話だった。
すると、ロアはどこか神妙そうに目元を細めると。
(『…………分からん』)
(『分からない?なにそれ、ロアでも分からないことがあるの?』)
(『優秀、ではあると思うが。小生の知る基準と余りにも乖離がありすぎる。俗に言う、尺度が適切か分からない、だ』)
そこまで言ったあとで、ロアは改めてこうサレンに伝えた。
(『少なくとも、誰一人として普通ではない。それが一か所に集めるというのは、いくら小生とて恣意的な何かを感じざるを得ないな』)




