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騒然とした試験会場は、合格した者から順次各学科へと向かうことになった。
従来なら合格者だけで行うガイダンスなどがあるらしいが、サレンが暴れたことを天体科が重くみたのだろう。
新入生の中で一番最初に合格したシルフィは、後ろ髪を引かれながら会場を後にするしかなかった。
(サレンちゃん、大丈夫かしら…………?)
実のところ、あの場でサレンが精霊の存在を開示するのは想定通りではあった。
なにしろサレンの魔法の才能は、地方に点在する分校全体で見ても最低水準。
言葉を選ばなければ、魔法に関わる職業は避けたほうがいいくらいだ。
入学試験をちょうど中盤あたりで受けたのも、本校側が用意した防御魔法の強度を先に把握するため。
そして実際に魔法を行使し、精霊なしではサレンは合格できないと確信した。
(ほんとは手助けしたかったけど、そんなことしたら絶対に怒られるもんね)
親友だからこそ分かる。
サレンに、その手の憐れみは絶対にしてはいけないと。
「どのみち、学科が違うのだから仕方ないのだけど。できることなら、もう一度くらいは話しておきたかったかな」
シルフィは派閥についても知っていて、それをサレンには伝えていなかった。
理由は簡単で、言ったところで何にもならないからだ。
派閥が違うくらいで仲違いするつもりもないし。
それくらいの我が儘を貫ける程度には、魔法の実力だって備えている。
だから、シルフィには関係ないのだ。
本校特有の、古臭く面倒なしきたりなんて。
「随分と楽しそうですね」
可憐な声。
手元にある地図を眺めながら歩いていたシルフィは、背後からのそれに思わず振り向いた。
「ロマニアさま…………!?」
「先ほどぶりですね。とはいえ、挨拶はしていませんでしたから、お久しぶりと呼ぶのが相応しいでしょうか」
亜麻色の髪と瞳。
背丈はシルフィより頭二つ低く、真ん丸の目と幼い顔立ちは実年齢を曖昧にしている。
服装はフリルをふんだんに施したガーリー調で、実在の花をモチーフにした飾りを全身のいたるところに飾り付けており。
「せっかくでしたので、お迎えにあがりました。ちょうど一人きりですし、他の新入生に見られる心配もないでしょうから」
「ありがとうございます」
「礼には及びませんよ。出迎えに参上したことも、貴方の学友を助けたことも」
全身に纏う花の香りも相まって、どこか幻想郷から出てきた妖精のような雰囲気をシルフィは感じていた。
「ですが、残念としか言えませんね。よりにもよって、精霊と契約を結んでいたとは。そうと分かっていれば、こちらにもできることはありましたが…………」
「そ、それは…………その…………」
「フフ、冗談ですよ。元より頻繁に文を交わす間柄ではありませんでしたし。報告に抜けがあるのは当然のことです」
実際は意図的に隠していたのだが、触れる利点を感じなかったのでシルフィは曖昧に笑って誤魔化すと。
「ところで、彼女はどうなるのでしょうか?」
「ゲルマリア殿の裁量になりますので、恐らくは精霊科に転科させられるでしょうね」
「精霊科?」
シルフィにとって初耳の単語だったのもあり、つい反射的にそう尋ねてしまう。
するとロマニアは小さく微笑み。
「感情のまま言葉を発する。幼子であれば可愛げあってよろしいですが、ここ本校に通う生徒としては些か品に欠くと言わざるをえませんね」
「…………申し訳ございません」
「構いませんよ。少なくとも、精霊科に関して知っている者が極めて稀なのですから」
やはり言い間違いではない。
シルフィがそう納得する横で、歩調を合わせるロマニアがこう口を開いた。
「この学校が十二の学科と、四つの派閥で構成されていることは御存知ですよね?」
「それは勿論。私たちは自然派に属することも把握しています」
「一般的にはそれで正解なのですが、実際にはもう一つ、どこの派閥にも属さない非公認の学科があるのです。記録上は存在が認められてはいますが、対外的には空白扱いにされている学科。もちろん、理由があってのことですが」
その続きが分かったシルフィは、ロマニアよりも先にその答えを口にする。
「この国では、精霊との接触は禁じられているから」
「正解です。厳密にいうなら全世界の魔法使いが、ですが。この国において、精霊に関する研究を行える機関があるというのは不都合が多い。けれども、長きに渡った研究の成果を全て無に帰すのは、それはそれで都合が悪い」
精霊との接触が禁じられてのは、魔法史全体で見ると意外と短い。
そもそも魔法そのものが精霊から賜る奇跡、という扱いで、本来なら敬意を払うべき対象なのだ。
それらを徹底して排斥するやり方に変わったが、だからといって過去の積み重ねを全部なくすのは惜しい。
歴史、という時間の積み重ねが、排除を躊躇わせる要因になったのだ。
「そんな、どっちつかずの方針のなかで生まれたのが、存在はすれど記録に無い十三個目の学科。基本的には精霊に関する文献を整理し、分類し、体系化することで後世に渡す備えを行う。新たな研究や開発、調査や論文執筆を全て禁じ、ただただ過去の記録を繋ぐための学科が精霊科になります」
「…………それは」
「えぇ。この魔法を学ぶという環境においては、致命的なまでに手遅れな条件です。ただ卒業するだけならまだしも、その先を目指すとなれば猶更に」
どこか図録を読み上げるような語り口は、あくまで対岸の火事としか思っていないからが故だろう。
ロマニアがサレンを庇ったのは、単純にシルフィから彼女の身の安全を要求されたから。
『薔薇』の原典を備える彼女に利用価値をあるからこそ成立した、弟子という枠組みを超えた我が儘だ。
「近年は退学者の増大を懸念視する上層部の圧力もあって、どの学科にいようと一律で卒業に関わる単位は獲得できるようになっています。それはきっと、シルフィさんの御友人とて同様になるでしょう」
だから、シルフィは本来なら感謝するべきなのだ。
少なくとも、精霊と契約しているだけで排除しようとする勢力と対峙することを選んでもらっている時点で。
「そして、その多くは全学科合同で行われる試験になる。心配する気持ちは理解できますが、今は動くべきではないと忠告はしておきますね」
「…………して」
「ん?」
「どうして、そこまでしてくださるんです?」
それでもシルフィの頭にあったのは、感謝よりも困惑だった。
確かにアルクメネ家との繋がりで面倒を見てもらう手筈にはなっていた。
本校への進学も、ロマニアの生家サングリエが援助してくれたと聞いている。
だけど、シルフィにはどうしても理解ができなかった。
確かに自分は優秀なほうではあるが、ここまでされるほどの才覚はない。
むしろ、唯一無二という点ではサレンに軍配があがるだろう。
本気でそう思うシルフィに、ロマニアはニコリと笑うと。
「こう見えても、私は他の『導師』よりも教育者というだけですよ。まぁ彼には負けますが、それなりには生徒の未来が明るいものであってほしいと本心から願っているだけです」
一瞬、声色が変わった。
恐らく、彼、という人物が影響しているのだろうが、生憎とそれについて尋ねる猶予はシルフィには与えられなかった。
「少し長話が過ぎましたね。ここから先は貴女も大勢の弟子の一人。私と関わり話がしたいのであれば、相応の実績を積み上げ、階段を登ってきてください」
最後に、花園に似た香りを纏う風に吹かれロマニアは告げる。
「この学校は、万人に対し平等に不公平です。くれぐれも、己が才能を過信しすぎないように」




