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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: いさき
第1章 新入生歓迎会

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9

 風景が歪んだ。


 熱した金属を力づくで曲げたような光景を前に、サレンは咄嗟にこう思った。


(───────なんか、ヤバい?)


 それは本能に根ざした正常な直感であり。

 

 同時に、致命的なまでに手遅れな理解だった。


「どういうつもりだ?」

「いや~、流石にそれは看過できにゃいかな~って」

「【疑問】どうして貴女が庇うのですか?」

「彼女、どうやら御弟子の友人らしいので」

「よもやこれほどの『導師』が集うとは。定例会議より集まりがいいのは皮肉としか言えんな」


 途轍もない魔力の衝突。

 それは歪んた風景から飛び出てきた者たちが、サレンのすぐ近くで魔法を行使したことによって生じた余波だった。


 数秒経ってから、サレンはやっと気づく。


(…………守られてなかったら、私いま死にかけてた?)


 ブワリ、と全身から血の気が引く。

 なにしろ、目の前にいるのは魔法世界の頂点に座る者たち。


 正真正銘、本物の『導師』なのだから。


「精霊との接触は校則ではなく国家の法で禁じられている。それを知らぬとは言わせんぞ?」


 短く揃えられた白髪に、顔半分を覆う火傷痕。

 抜かれた軍刀に黒色の軍服、足元の革靴まで汚れ一つない男性。


 人体科(ムトン)

 『撃墜(げきつい)せし者』、剛毅(ごうき)たるオウガ・カミイズミ。


「だからって抜刀即斬はダメじゃにゃい?というより、ここで流血沙汰は流石にマズいっしょ?」


 外ハネの強いオレンジ髪に、塗料によって汚れた衣服。

 全身に巻きつけられたスプレー缶は弾薬のようで、うち一つはオウガへと向ける女性。


 造形科(サンジュ)

 『先征(さきゆ)く者』、無常(むじょう)なるガレラ・ユニバース・ユニバース。


「【否定】それを咎めるのであれば、まずは先に起きた小競り合いを咎めるべきです。【主張】規律を乱した以上は処罰されるのは当然かと」


 修道服と頭巾によって全身を覆う女性。

 手には開かれた一冊の本と、周囲に展開する無数の魔方陣。


 文学科(ガルグイユ)

 『(つむ)ぎし者』、先見(せんけん)たるリリア・デメトリオス。


「今回、場を仕切るのはゲルマリア様です。ゲルマリア様が黙認している事項を疑問視するということは、文学科は天体科に対し一定の不信を示すということ。それは貴女の望むところではないのでは?」


 少女のようなフリルの衣服に、カラフルな花の装飾を施した姿。

 亜麻色の髪と瞳、花園の如き気品に包まれてる小柄な女性。


 植物科(ティーグル)

 『繁茂(はんも)さす者』、不朽(ふきゅう)たるロマニア・サングリエ。


「こうして集まった以上、問題を放棄することが難しいのは理解した。よって、ひとまずは当事者に話を聞くことを提案するが?」


 銀混じりの白髪に、全身を覆う外套。

 そこから見える一振りの杖には、幾つもの球体が絶えず動く装飾が施されている。


 天体科。

 『追随(ついずい)たる者』、(はる)かなるゲルマリア・イステカリオ。


「…………」


 五人もの『導師』の登場。

 それは魔法使いとして未熟な新入生だけでなく、試験官を担っていたゲルマリアお抱えの魔法使いとて圧倒されるものだった。


 そして、その大多数の中にいるシルフィもまた例外ではなかった。


(咄嗟に結界魔法を発動させてしまったけど…………この魔力量では、もはや気休めにもなりはしないわね…………)


 唯一面識のあるガレラを挙げても、恐らく会った時は相当に魔力を制限していたはずだ。

 現に新入生全員の魔力量より、一人の『導師』の方が魔力量が多い。


(前触れも兆候も全くなかった。言葉通り、一瞬で姿を見せ、そしてサレンちゃんを巡る攻防が行われた)


 魔力探知も、魔力操作も、魔法発動速度も。

 そのどれをとっても、今のシルフィでは手も足も出ないほどのレベル差。


 親友の危機にあるというのに、シルフィは近づくどころか足を動かす気にもなれない。


(…………なのに、どうして)


 だというのに。


(サレンちゃんは、まだ戦おうと思えるの?)


 たった一人。

 他のどの生徒よりも間近にいるというのに、サレンの瞳には闘争心が微塵も消えていなかった。


(これが…………魔法使いの頂点)


 汗の滲む掌を強く握り、獰猛な笑みと共にサレンは嘯く。


(これを超えられれば、私の願いは叶うわけね)


 ずっと憧れだった。

 

 書物を読み漁るなかで、明確に意識した雲の上の存在。 

 魔法統括局から任命される、名実ともに魔法使いの頂点。

 

 一生かけたって、会うどころか見かけることもできないと思っていた。

 たった一度の偶然はあったが、そこで運を使い切ったと思っていた。


 だけど、違った。


 違ったのだ。


「…………おい」


 途端。

 

 サレンの体は、一瞬にしてバラバラに切り刻まれる。


「───────ッッッ!?!?」


 咄嗟に後方に飛び、そして自らの首元に触れ安堵する。


「…………なに、今の」

「ほう。分かるか」


 そう呟いたのは、人体科の『導師』であるオウガだった。

 オウガは握っていた軍刀を鞘に納めると。


「不用心に殺気を向けてくるので驚いたが、思いのほかに潜っているな」

「ちょちょい、にゃんでそれで刀を納めるし?」


 ガレラの問いにオウガは一つ鼻を鳴らすと。


「ただの素人なら斬り捨てるつもりだったが、違うのなら利用価値があると判断したまでだ。それに、ここで殺し合えば流石の我とて無事では済まぬだろう」

「【困惑】先ほどの法について触れたのはなんだったのですか?」

「あんなのは詭弁だ。そんなものを振りかざすほど我は暇ではない。戦場において役に立つのなら、精霊とて使うのが我の信念だ」

「なら、彼女の入学を認めると?」


 可憐な声でロマニアにそう尋ねられると。


「当然だ。ゲルマリア殿が認めたのなら、な」


 オウガの姿が消えたのを確かめた後。


「では、私もここで失礼します」

「【便乗】なら、身元もここで」


 ロマニアとリリアが姿を消し。


「そんじゃ、ガレラも失礼して…………」

「いいわけがあると思うか?」

「ですよね」


 この時点で、サレンはガレラが精霊を伏せて入学させたのだと確信した。

 しかも、絶対に意図的に。


「問うが、どういうつもりだ?」


 さながら悪さをして叱る先生と生徒のような構図を前に、サレンは様子を窺っていると。


「いやさ、せっかく精霊と契約したんだし。ちょうどいいかにゃ~って思ったっていうか…………」

「聞いてないが?」

「だって言ってないし…………」

「ガレラ」

「はい」

「何故、伏せた?」

「だって言ったら、絶対に認めてくれにゃいでしょ?」


 サレンは思わず眩暈を覚えた。

 なにしろここまでの全てが、ガレラの独断と暴走で発生していると判明したからだ。


 当然、最初から騙すつもりでサレンはいたが。

 それはそれとして、まさか自分と同程度の発想しかなかったことにサレンは呆れていたのだ。


「で、どうする?」

精霊科(シャト)に転科させる。それでどう?」

「相分かった」


 この時、サレンは気づいていなかった。


 入学初日に、別学科へと転科されるという判断が。

 それがたった数言の、雑談くらいのノリで決まったことを。

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