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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: いさき
第1章 新入生歓迎会

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6

 突然の話の割に、試験自体はつつがなく進んでいった。

 

「サレンさんも気づいてると思うスけど」

「…………クリアしてるの、全員が内部組だってことでしょ?」


 恐らくは事前に説明、ないし想定していたのだろう。

 半数ほどが試験を終えた現在、失格者はゼロ。

 そのうえ、動揺し様子見しているのは残り半数の中でも僅かしかいない。


「分かりやすい方法スね。ここまで露骨なのは意外でしたけど」

「イオネルは合格できる自信あるわけ?」

「もちろんスよ。この手の試験は分校でもやってたスから」


 そう。

 的当て、と呼ばれる魔法の実技試験は珍しいものではない。

 むしろ魔法使いであれば、魔方陣の作成と並ぶほどの一般的な訓練方法なのだ。


(最初から人間相手に魔法を放つのは危険すぎるし。というよりも野蛮すぎるからってのは表向きの理由。実際は行使する側が想定以上にあって、過去に何度か魔法を受け損ねる事故があったからって文献に乗ってたけど)


 だからサレンにとっても特に驚くことではないのだ。

 入学式を全省略して、いきなり試験を開始したことを除けば、この手の試験があることくらいは容易に想像できる。

 

 だから、サレンは困っていた。


(…………分校にいた時は、この手の試験は全部サボってたのは置いといて)


 これが初めての的当て。

 それ自体が大きな障壁になっているわけではなく。


(ロアの補助がないと、防御魔法どころか的に届く攻撃すらできない気がする)


 魔力の差異が理解できないサレンでも分かる。

 

 的に施された防御魔法は本校だと仮定すれば想定よりも脆弱だ。

 的までの距離も、きっとそれほど遠いわけでもない。


 だけど、それらを全部加味したとて、素のサレンでは余りにも強固すぎるのだ。


(音と衝撃で判断するしかないけど、ラシェトの使う魔法くらいの威力はあるわよね)


 流石に本校付属の内部組と言うべきか。

 分校では頭一つ抜けてるラシェトですら、この中で見ると平凡レベルでしかない。

 腐っても魔法学校の総本山、総じてレベルが高い。


「…………やばいかも」


 幸運なのは、シルフィと物理的に距離があるということ。

 仮にここでロアを顕現させたとて、恐らくシルフィとの関係までは露呈しないはずだ。


 ただ、そうした場合はイオネルに迷惑をかけることになるのだが。

 彼とは直前に会ったばかりと言い訳をすれば、恐らくきっと罰せられることもないはず。


(『盟友よ、小生はどうすればいい?』)


 姿どころか気配すら完璧に消していたからか。

 そう声をかけられるまで、サレンはロアの存在を完全に失念していた。


(『っくりしたぁ。ロア、話しかける時は私にだけは姿を見せてほしいんだけど』)

(『すまぬが、その場合はあの老人に小生のことがバレるぞ?』)

(『…………やっぱ凄いわけ?』)

(『小生の知る限り、五本の指には入ってくる猛者だ』)

(『色々知りたくないことも分かっちゃったけど、今はとりあえずいいや』)


 上手くやれば隠し通せるかも。

 そんな甘すぎる仮定を先に捨てられた、と今は割り切るしかない。


 サレンはどのタイミングで試験を受けるか逡巡し、その視界の端に見覚えのある赤髪を見つける。


「…………わ」

「どうかしたんスか?って、あぁ、例の『薔薇』の『原典』スね」

 

 親友であるシルフィの姿。

 

 彼女は予定調和の如く整列する内部組を掻き分けると。


「シルフィ・アルクメネです。よろしくお願いいたします。」


 発言し、一礼。


 一瞬だけ不満の声が上がるも、それらは彼女から溢れ出る魔力によって瞬時に消え去る。


「やっぱり凄いスねぇ。外部組で唯一、内部組と渡り合えると評された逸材。あの植物科が直接招き入れた、正当なる『薔薇』の後継者スか」

「そんな有名なの?」

「そりゃもう、もしかすれば『席』に割り込めるかもって話ですから」


 詠唱。

 それに呼応するかのように彼女の周囲が赤く揺らめき、緋色の花弁が竜巻の如く渦を描いて的を襲った。


(…………威力が、全然違う)


 先に受けていた全生徒と明らかに異なる破壊音。

 それは幾重にも施された防御魔法が、ほぼ同時に三枚割れたことで発せられたものだった。


「一回生、シルフィ・アルクメネ。合格です」


 至近距離で見ていたはずの試験官は、それでも顔色一つ変えることなくシルフィに合格を伝えた。

 きっと、これぐらいのは余所で見たことがあるのだろう。

 

 ただ、それでも同じ新入生。 

 特に内部組と外部組では、明らかに様子が異なっており。


「…………お、俺らも受けようぜ」

「そう、だな。見てるだけじゃ何も変わらないし」


 シルフィの姿に励まされたのか。

 外部組はシルフィが攻撃した的へと並びだし。


「…………」


 そんなシルフィが目障りに思えたのか。

 苛立ちの篭ったため息と、苛立ちを多分に含んだ視線を彼女へ向けている。


「場の空気を一気に変えるとか。流石、噂通りスね」


 感心した様子のイオネルを他所に、サレンの内心は鼻高々だった。


(…………やっぱ、シルフィは最高に格好良いな)


 シルフィの実力を疑ったことはない。

 だけど、こうした場で正式に認められることは、それはそれとして嬉しい。


 そんな充足感に浸っていると、ふと背後からこんな声が聞こえてきた。


「くだらないな。あんな大規模な魔法、たかだか的当てで行使するのは無駄がすぎる」

「そう言ってやるな。所詮は田舎貴族、いいところを見せたかったのだろうよ」

「おかげで順番が狂ってしまった。これだから何も知らない田舎者は気に食わん」

「所詮は外部組。最低限の礼節なんて分かるわけもないですよ」

「いやはや、あんなのと共に学ぶなんて。誉ある魔法使いとしての自覚が足りていないな」


 なんだコイツら。

 思わず振り向くと、そこには頭二つは大きな二人組の男が立っていた。


「どうした、小娘。何か言いたいことでもあるのか?」

「この制服、同じ外部組ですから。気を悪くされたのかもしれませんよ」


 冷ややかな目で見下ろす銀髪眼鏡と、横でよいしょする茶髪男。

 制服は一目で分かるほど高級で、恐らく糸そのものに魔法が仕込まれている一級品。


(…………コイツ、中央貴族の魔法使いか?)


 この国での貴族の立ち位置は、基本的に与えられた領土を統治し、必要な税を納めることにある。

 シルフィの家アルクメネもその一つで、サレンはその隣に住まう農民だ。

 

 しかし、中央に住む貴族は違う。 

 彼らは地方に住む貴族を管理し、王国からの命を伝え実行させる立場にある。

 

 言うなら、貴族を管理する貴族。

 それ故に、彼らは都市部で優雅な暮らしをし、地方に住まう人たちを卑下する傾向にあるのだ。


「脆弱な魔力だな」


 だが、それでも魔法の才能だけは間違いなく。

 この国において、中央貴族であれる人間は総じて魔法の才能にも恵まれている。


「よくその程度で本校に入学できたものだな。所詮、分校のレベルも地に落ちた、というわけか」

「…………だから?」


 無視するべきだ。

 これぐらいの難癖、本校にいる間は四六時中続くのだから。


「ほう。どうした小娘。よもや事実を言われて怒っているのか?」

「別に」


 だけど、妙に我慢ならない。

 自分ではなく、シルフィのことを言われるのは、特に。 


「分校のレベルが低いのと、私がここにいる理由は別でしょ?」


 すると、銀髪の眼鏡男はわざとらしくため息を吐き。


「分かっていない。いいか小娘、この国では魔法教育に力を入れていて、分校設置もその一つだ。それ故に、分校からも一定数生徒を受け入れる必要があるのだ。本来なら、その実力がないのにも、だ」

「…………」

「確かに『原典』は珍しいが、所詮はその程度。あのように見せびらかす時点で、その格式は既に地に落ちたも同然」


 すると銀髪眼鏡男はサレンを指さし、言う。


「おかげで貴様のような落ちこぼれに無駄な夢を見せる始末。類は友を呼ぶとは、よく言ったものだ」

「おい」


 反射的なものだった。

 

 気が付けば、サレンは自身に向けられた指を強く握ると。


「私はともかく、シルフィのことを悪く言うのは許さねぇぞ?」

「…………ほう。小娘、貴様あの『薔薇』と友だったか。道理で品がないわけだ」

「その眼鏡は伊達か?度が合ってねぇぞ交換してこいよ」

「安心しろ。これは魔法具、小娘では生涯買うこともできぬ代物だ」

「悪いが、そんな無駄なものを買うような趣味はねぇんだわ」


 気が付けば二人を囲むように人混みが形成されつつあった。

 遠巻きかラシェトが様子を伺い、シルフィは遅れて事態に気づき近づいてくる。


「小娘、貴様ここで死にたいのか?」

「恥かきたくないですって、正直に言えよガキんちょ」


 場に熱が入りだす。

 もはや収拾不可能の事態に、試験官たちは止めに入る素振りすら見せない。


「魔法戦だ、小娘。逃げるとは言うまいな?」

「まさか」


 両者は睨みあい、そして観衆は大きく沸いた。

 

 一対一の果し合い。

 内部組と外部組の喧嘩が、今ここに始まる。

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