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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: いさき
序章 邂逅

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「魔法とは、いわば世界に存在する奇跡に接続し、その一端を拝借する行為です。つまり我々は世界の神秘に触れており、その扱いには公正な倫理観と厳重な注意が必要だとされています」


 教室。


 三学年が通う学び舎だが、その生徒数は初等部と比べれば十分の一にも満たない。

 故にこの分校では一学年に一クラス、総人数も四十人程度の小規模で運営されている。


「魔法の使用には口頭での詠唱か記号の構築が必要とされ、その特性や向き不向きには個人の個性があるとされています。例えば、勉学は得意だが運動は苦手、というように、魔法には明確な適正があるとされています」


 やや広めの教室には規則的な配列で机が並び。 

 そこに座す生徒は静かに、黒板の前を往復しながら講義を行う教師へ意識を集中させている。


「中等部での学習の過程で大体は把握されていることと思いますが。これは単なる適性の話。向いていないからと言って、必ずしもできないというわけではありません。ですが…………」


 ヒュン、と。


 何かが飛翔する音は、とある一点でゴッ!と鈍い音を響かせた。


「痛っっったぁ!?!?」

「サレンさん。うたた寝するならまだしも、堂々と腕を枕にして眠るのは。一体どういう了見なのですか?」


 睨みを聞かせる教師は若い女性で、褐色肌に紺色で統一された修道服に近い恰好がよく似合う人だった。

 端正な顔つきに、鋭い目つき、ピクリとも動かない表情筋は生徒を管理するのに最適とも言えるだろう。


 そんなことをまるで恐れないのか、サレンは厚めの冊子をぶつけられた頭部を擦りながら立ち上がると。


「先生さ、いくらなんでも教本フルスイングはやりすぎじゃないですか?当たり所が悪かったら死にますよ、私」

「ご安心ください。仮に本気で投げているのでしたら、今こうして話をしていませんので」

「…………それ余計に駄目な奴じゃん」

「ですので、怪我に関しては心配いりませんよ」

「いや、あの、怪我はしたんだけど…………」


 悪びれる様子がないのも。

 周囲の空気が些か緩んでいるのも。

 なんなら教師ですら割と本気では怒っていないのも。


 全てはサレンがこういう生徒だということを、既に諦め受け入れているからに他ならない。


「では、せっかくですからサレンさんに問題を出しましょうか」

「別にいいですけど、どうせ精霊に関する禁忌について、ですよね?」


 まるで見透かすかのように語るサレンは、壁に突き刺さる本に視線を一度だけ向けると。


「あれ、確か旧暦八百と二十三年に発行された精霊に関する推論と考察。著者は高名じゃないけど現代の魔法体系に大きく貢献したとかで、最近だと近くにある七つの分校で入庫、授業で使われたものだと思いますけど」


 めり込んでるけど、あれ本当にぶつけられたんだよな?と。

 改めて、もう一度だけ後ろを確認してから。


「ぶっちゃけ基礎概論で触れた内容に近いですし、最近の研究は殆ど触れてない。目ぼしいのは四章と六章で書かれた『精霊とは世界を滅ぼす存在である』ぐらい。そりゃ古い書物だから仕方ないんですけど、今ここで講義するほどのことなんですか?」

「…………そこまで仰るのであれば、先生からの問いは取り下げましょう」


 説教をされているのに全く悪びれていないだけでなく、さも当然のように歯向かっていく姿勢。

 普通の人からすれば反感を覚えるような態度なのだが。


「なにしろ、この学校始まっての秀才。全分校で実施される筆記試験でトップの成績ですから、尋ねた先生が悪かったですね」


 魔法学校の分校では、魔法を扱う実技と、魔法の知識を問う座学の両方を学習する。

 どちらも魔法使いにとっては重要な事柄が多く、中等部となれば専門的な内容も増え難易度は上がる。


 生徒を指導する先生とて全てを把握しているわけではない。

 特に、背表紙を見ただけで内容を暗唱できるほどには。


「…………なんか」


 ただ、サレンはそれを極めて高い精度で成立させていた。

 生まれ持った才能ではなく、単純な時間と労力を注ぎ込み、分校で保管している全ての蔵書を暗記し暗唱できるほどに。


「嫌な予感がするのは、私だけじゃないですよね?」


 だから、サレンは脳裏に記憶する嫌な予感の一つを断片的に拾い上げていた。

 その全く変わらないはずの表情の裏にある、絶対に何とも思っていないであろう感情を。


「そんなことはありませんよ。えぇもちろん、何度も何度も起こさせられているというのに、その当事者がまるでもって反省していないことについてなんて。先生はこれっっっちも苛ついても怒ってもいません」

「…………怒ってるじゃん」

「怒ってませんよ」

「…………なんで聞こえてんだし」

「先生の地獄耳を侮らないことです」


 三つ斜め前に座るシルフィから「すぐに謝ったほうがいい」と魔法で伝えられるが、もはや手遅れなのはサレンでも分かっていた。


 というよりも、これは最初から決めていた時に近いので回避を試みるだけ無駄だろう。

 その証拠に、本来なら職員室にある金庫から持ってこないといけない鍵が、どういうわけか先生の手の中でキラリと光っている。


「そんな聡明で素晴らしい記憶力の持ち主であれば、書物庫の掃除と整頓、あぁそれとリストと照合し紛失物の確認も行えますよね。えぇ筆記試験主席のサレンさんであれば、私も安心して任せることができます」


 サレンの授業態度は、端的に言えばテストで満点取れるから聞かなくていい、だ。

 なので先生は、テストで満点が取れるサレンだから面倒な仕事もこなせると主張している。

 

 客観的に見れば目くそ鼻くその応酬なのだが、サレンは自分が明晰なのを一つのステータスだと思ってるし、なんなら自慢できる唯一の長所だと思っている。

 

 なのでこう言われた手前、はいそうですかじゃあ大人しく授業を聞きます、と言えないのがサレンの性格だった。


「…………念のため聞きますけど、場所どこです?」

「安心してください。第五書庫です」

「うげ。あんな辺鄙で利用者がまるでいない、半分くらい鼠とクモの寝床にされてるあの第五書庫…………?」

「先生としても心苦しいのですが、本校からの指示でして。これでもしがない雇われの身ですから…………ヨヨヨ」

「急にひ弱なキャラしても手遅れ…………ってゴメンて先生!チョークまとめて構えて投げようとしないで!?それは流石に頭に穴が空くってマジで!?!?」


 こんな感じの会話が日常茶飯事で行われている割に、テスト時のクラスの平均得点は例年より優秀なのだから。

 これはこれで悪くないのかも、とシルフィは苦笑いを浮かべるのだった。

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