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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: いさき
第1章 新入生歓迎会

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1

 ───────声がした。


 緩やかに、漂うように落ちていく感覚。

 逆さまの態勢だと分かるのに、それに抗うことができず。

 むしろ抗う必要をまるで感じない、そんな不思議さ。


(…………落ち着く)


 景色は白一色。

 雪景色とは似て異なる、柔らかく暖かな白。


 それは時に光を帯びて淡く輝き。

 自身の進行方向とは、逆の向きへと向かっていく。


(…………どこなんだろう)


 疑問には思う。

 身に覚えがなければ、前後の記憶も定かではない。


 普通なら杞憂が脳内を掠めそうだが、不思議とそれは微塵も思い浮かばなかった。


「『よろしいのですか?』」


 また、声がした。


 覚えはない。

 女性に聞こえるが、年齢は恐らく私よりも少し上だろう。


 物腰の柔らかそうな声質とは裏腹に、その言葉には強い意志が込められているように聞こえた。


「『これは、余りにも非情に思います。少なくとも、あなたのことを何も考えていない』」


 声の主は、悲しんでいるようだった。

 

 どうしてこんな扱いをされないといけないのか。

 そんな、置かれた状況に対する不満と、怒りがそこにはあった。


「『他の者もおかしいのです。本来なら感謝すべきことを、さも諸悪の根源かのように扱って。これでは、余りにも…………』」

「『構わぬ』」


 知っている声。

 荘厳で、どこか深い森林を思い浮かべるような。

 途方もない年月を積み重ねた、さながら巨大な岩のような。


「『此度の決定に何も思わぬとは言わん。が、事実として影響を及ぼしているのは確かであり、その咎が小生(しょうせい)らにあるのは確かなことだ』」

「『しかし、ですが…………』」

「『既に『屈折(くっせつ)』も『根絶(こんぜつ)』も去った。小生ばかりが固執するわけにもいかんだろう』」

 

 私は気づく。


 これは、マウナ・ロアという精霊の記憶だと。

 契約を結び、その力を借りることが許された間柄。


 恐らく魔力を介し、ロアの記憶の一部が私に流れ込んできている。


(不思議な話ではあるけど。具体的な事例があるわけでもないし、これぐらいはあってもおかしくないか…………)


 私、サレンはそこで意図的に意識を声に集中させた。


 せっかくの機会だから、というのもあったが。

 単純に、ロアの来歴に興味があった。


「『幸運だったのは、小生と完全なる契約をしていなかったことだろうな。もし仮にそうなっていた場合、果たして盟友がどうなっていたか』」

「『私は構いませぬ』」

「『盟友はよくても、小生にとっては大事なことなのだ。あまり、困らせることは言わないでくれ』」

「『…………』」

「『…………すまぬな。叶うのなら、もう少し盟友の行く先を眺めていたかったが。こればかりは小生の『誓約(せいやく)』が悪いとしか言えん』」


 誓約。

 

 明らかに意味の異なる単語に、サレンは思わず眉を顰める。


(誓約。契約とか、魔法を使う際の足し引きとか、そんな感じっぽいけど…………)


 声は、流れていく光から聞こえていた。

 だからロアが話す姿は見えないし、相手の容姿は一切分からない。


 得られる情報源は、聞こえる声だけ。

 だから、サレンはそこから仮説を立てることしかできなかった。


(言うのを忘れたのか、敢えて言わなかったのか。うぅん、まぁ咄嗟に契約しちゃったわけだし、いちいち説明してる暇もなかったから不自然ではないんだけど…………)


 短い付き合いだが、ロアの性格は少しだけ掴めている。


 そのうえで断言できるのは、少なからずロアには悪意の類はないということ。

 なにより、ロアの判断基準は人間に限りなく近しいことだ。


(この声の人はロアの『誓約』を知っていて、そのうえで契約を結んだ。それなら、あの場で聞いてたとしても私には関係ないか)


 どちらにしても、サレンに選択の権利はなかった。

 

 置かれた状況が第三者の思惑の中だったとしても、それを抜け出す手段をサレンは持ってなかったし。

 なにより、あの場での最善はシルフィを助けること。


(だから本校へ進むのは割と失敗だったんじゃないかなぁって…………ぶっちゃけ、私のせいで悪名が広まってる可能性だってあるし…………)


 精霊の存在を隠し通す。

 恐らく卒業までそれを貫くのは不可能だ。


 ならば、せめてシルフィと別れるまで。

 本校への入学後、学科ごとに移動される、その瞬間まで。


(徹頭徹尾、シルフィは知らなかったことにする。私が精霊と契約してたって事実を露呈させるんなら、私が一人っきりになった場面じゃないと証明にならないし)


 同じ分校出身の友人にすら隠していた。

 その状況さえ揃えてしまえば、後はシルフィが何を言っても覆らないはずだ。


 なにより、向こうは私の発言の真偽を見極める手段がない。


(あとは野となれ山となれ。ロアの魔力があれば大抵の相手に勝てるだろうし、そこは実力行使で黙らせる方針でいこう)


 …………いつの間にか、声は聞こえなくなっていた。


 自分の思案に夢中になっていたからか、あるいは既に再現が終わっていたのか。

 サレンには知る術はなく、そしてこの不思議な夢が終わりを迎えようとしていることを理解する。


(ロア、なんか妙に遠慮がちなのが気になってたけど。こういう経緯があったって分かると、納得がいくかな)


 薄れていく意識のなか、サレンは思う。


(…………でも、だったらどうして、あんな書物に封印されてたんだろ?)


 その疑問は光と共に消え。


 ゆっくりと、枕木を叩く音が明瞭になっていく。

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