13
「ギリギリセーフ、ってとこかな」
倒れる寸前のシルフィを地面に降ろし、サレンはそう呟いた。
「ロア、どう?」
「『重症ではあるが、治癒の範疇ではあるな』」
「分かった。それじゃ、さっそく…………」
浅く呼吸を繰り返すシルフィの体に触るために。
サレンは膝を畳み、中腰の姿勢へと体を動かす。
「…………ん?」
そこで、サレンは違和感を覚えた。
(なんか、恰好が違くない?)
静止し、改めて起立。
「『どうした?』」
不思議そうに見上げるロアを他所に、サレンは自分の体を見た。
「……………………」
サレンの恰好は分校から配給があった制服だ。
入学時に配られるそれは、一応は個人の体格を考慮した造りにはなっているが。
いかんせん成長期と重なるため、二着目以降は自費で購入しないといけない。
無駄な出費を嫌うサレンは、自らの制服を勝手に改造。
厳密にいえば似た素材の布と糸を探し出し、自分で丈を調整していた。
「……………………ぇ?」
だから、と言うには。
「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!?!?」
身に纏う制服は、あまりにも露出が激しいものだった。
「なななな、なにこれ?!どういうこと!?え、布の面積少なすぎない!?はぁ!?」
彼女の恰好は、一言で説明するならチャイナドレスだった。
正式名称をチーパオと呼ぶそれは、両端に大きな切れ込みの入ったドレスの一種で。
襟付きの胴部と、軽く動いただけで見えそうなほど丈の短いスカート。
左右に球状の髪留めがあるだけの、なんとも際どい恰好をしている。
「ちょ、ちょっとロア!これどういうこと!?ていうか、なんか長いって思ったら髪の色も真っ白になってるし!?えぇ!?」
変貌の度合いが凄まじいせいか、サレンの驚きは見事なまでに連鎖していた。
そして、そんな様子を見ていたロアは一言。
「『盟友にも、恥じる感性はあったのだな』」
「当たり前だろ!?オレじゃなくても普通に恥ずかしいわ!!」
やや男勝りな口調でそう怒鳴ったサレンは、まるで萎むように顔を真っ赤にすると。
「…………ごめん。今のはなし」
「『なにがだ?』」
「…………口調。つい昔の癖で、ほら、兄がいたから。なんていうか、男っぽい口調が癖になってるっていうか」
「『それの何が不満なのだ?』」
「可愛くないし…………お淑やかの欠片もないし…………」
「『…………少なくとも、小生に人間らしい感性を期待するほうが違うと思うが』」
至極真っ当な指摘なのだが、生憎とサレンは正常とは程遠かった。
だからか、『天使』からの攻撃にも一瞬だけ反応が遅れ。
「やばっ!?」
咄嗟に飛び退き。
「うぇっへぇえ!?」
飛び退き、すぎた。
「『少し落ち着け、盟友よ』」
「…………これ、どういうこと?」
崩れる校舎。
その側面に上下逆さまにめり込むサレンに、ロアはこう説明する。
「『その姿の名を神霊概装と呼ぶ。いわば小生と盟友との繋がりを強固にする媒体。容姿の変化は小生の影響を強く受けたことで生じた、いわば副作用なもので問題ない』」
「…………で、これは?」
「『今の盟友には小生の力が流れ込んでいる状態だ。故に、盟友が保有していた以上の魔力が体に満ち、偶発的に身体能力を向上させているのだろう。よくある話だ』」
だったら最初から説明しろと、サレンは思わず突っ込みそうになったが。
(…………この感じ。温かい湯船に全身が包まれるみたいな。これが全て、魔力ってこと?)
ブルリ、と。
思わず寒気がしたサレンは、ふと気になったことを口にする。
「これ、なんかデメリットとかないわけ?」
「『幾つか存在はするが、一つは気にしなくて構わないものだ。よって、一番重要なことだけ伝える』」
「おっけー…………って、わわ!?」
『天使』からの連続攻撃。
布のような一部を触手のように操るそれを、サレンは一歩で数十メートルを移動することで回避し。
「なんかっ、凄い制御しずらいんだけど!?」
「『小生の性質は『脈動』。無尽蔵と呼べる魔力供給を受けている以上、魔力切れは心配ないだろう』」
「それはっ、凄く有難いけどっ!」
例えるなら加速がつきすぎるのだ。
軽く踏み込んだだけで家屋にヒビが入り、足の位置を変えただけで平気で数メートル移動している。
加えて、溢れんばかりの魔力はサレンに独特な高揚感を齎していた。
「…………ハハ!やばいこれ、めっちゃ楽しい!」
空中さえ動き回る姿は、まさに縦横無尽。
思わず静観する『天使』さえ忘れ、サレンは今まで感じたことのない爽快感に夢中になっていた。
(これ、攻撃したらどうなるんだろ?)
必然的に、サレンの興味はそこに向く。
先ほどまでは戦わず逃げることしかできない相手。
だが今は、これだけ自由を与えてくれる力が自分にあるのだ。
(シルフィを怪我させた恨みだ。思いっきりブン殴ってやっても構わねぇだろ!)
加えて本来荒っぽい性格が、高揚感によって四割増しになっているのだ。
必然的に、サレンの選択は好戦的なものに変化する。
「ねぇ、ロア!」
「『どうした、盟友よ?』」
「思いっきりブン殴ったらさ、アイツのことブチのめせる?」
「『…………可能だろうな』」
一瞬の躊躇い。
だが、今のサレンにそれを気にする余白はない。
「それならっ!」
攻撃が当たらぬことで焦れを見せる『天使』は、近づかんとするサレンを前に猛攻を仕掛けようとする。
だが、それは開始するよりも前にサレンの侵入を許し。
「消し飛び、やがれぇっ!!」
強く握られた拳による一撃によって、『天使』の体は眩い白光に呑み込まれた。
遅れる形で衝撃波が吹き荒れ、一撃の余波によって崩れかけていた宿舎の一部が完全に倒壊する。
「どんなもんだい!あんまオレを舐めんなっての!」
やってやったぜと笑みを浮かべるサレンの頭には、既に恰好のことなど完全に忘れ去られ。
(さーて、と。こんだけの力があるんだったら、いっそのことラシェトに)
いつの間にか、何のためにロアと契約を結んだのかさえ忘却されていた。
(…………あぁ、楽しい、楽しいなぁ。こんだけ好き勝手にできるんだったら、そりゃラシェトだって図に乗るわけだ)
今まで一ミリも理解できなかった同級生の顔を思い浮かべ。
なんとなく、彼が自分を嫌っていた理由が分かった。
「───────そこまで」
瞬間だった。
「…………え?」
魔力が抜けた。
まるで水槽の栓を抜いたかのように、サレンの体から大量の魔力が離散する。
「あくまで、私は見なかったことにします」
容姿に変化はない。
だけど、はち切れんばかりに蓄えた魔力と一緒に、直前までの思考が綺麗さっぱり抜け落ちていた。
何が起きたか分からない。
分からないが、気づかぬ間に背後に誰かがいて。
聞いたことのある声の人が、何かを自分にしたのだけは理解できた。
「勤勉で努力家なのは知ってますが、もう少し慎みを持つべきですね」
慌てて振り向いた時には、既に人の気配すらなく。
何事もなかったかのように、ロアがサレンを見つめているのだった。




