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墜星のイデア ~生まれついて才能がないと知っている少女は、例え禁忌を冒しても理想を諦められない~  作者: いさき
序章 邂逅

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「ギリギリセーフ、ってとこかな」


 倒れる寸前のシルフィを地面に降ろし、サレンはそう呟いた。


「ロア、どう?」

「『重症ではあるが、治癒の範疇ではあるな』」

「分かった。それじゃ、さっそく…………」


 浅く呼吸を繰り返すシルフィの体に触るために。

 サレンは膝を畳み、中腰の姿勢へと体を動かす。


「…………ん?」


 そこで、サレンは違和感を覚えた。


(なんか、恰好が違くない?)


 静止し、改めて起立。


「『どうした?』」

 

 不思議そうに見上げるロアを他所に、サレンは自分の体を見た。


「……………………」


 サレンの恰好は分校から配給があった制服だ。

 入学時に配られるそれは、一応は個人の体格を考慮した造りにはなっているが。

 いかんせん成長期と重なるため、二着目以降は自費で購入しないといけない。


 無駄な出費を嫌うサレンは、自らの制服を勝手に改造。

 厳密にいえば似た素材の布と糸を探し出し、自分で丈を調整していた。


「……………………ぇ?」


 だから、と言うには。


「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!?!?」


 身に纏う制服は、あまりにも露出が激しいものだった。


「なななな、なにこれ?!どういうこと!?え、布の面積少なすぎない!?はぁ!?」


 彼女の恰好は、一言で説明するならチャイナドレスだった。


 正式名称をチーパオと呼ぶそれは、両端に大きな切れ込みの入ったドレスの一種で。

 襟付きの胴部と、軽く動いただけで見えそうなほど丈の短いスカート。

 左右に球状の髪留めがあるだけの、なんとも際どい恰好をしている。


「ちょ、ちょっとロア!これどういうこと!?ていうか、なんか長いって思ったら髪の色も真っ白になってるし!?えぇ!?」


 変貌の度合いが凄まじいせいか、サレンの驚きは見事なまでに連鎖していた。


 そして、そんな様子を見ていたロアは一言。


「『盟友にも、恥じる感性はあったのだな』」

「当たり前だろ!?オレじゃなくても普通に恥ずかしいわ!!」


 やや男勝りな口調でそう怒鳴ったサレンは、まるで萎むように顔を真っ赤にすると。


「…………ごめん。今のはなし」

「『なにがだ?』」

「…………口調。つい昔の癖で、ほら、兄がいたから。なんていうか、男っぽい口調が癖になってるっていうか」

「『それの何が不満なのだ?』」

「可愛くないし…………お淑やかの欠片もないし…………」

「『…………少なくとも、小生に人間らしい感性を期待するほうが違うと思うが』」


 至極真っ当な指摘なのだが、生憎とサレンは正常とは程遠かった。


 だからか、『天使』からの攻撃にも一瞬だけ反応が遅れ。


「やばっ!?」


 咄嗟に飛び退き。


「うぇっへぇえ!?」


 飛び退き、すぎた。


「『少し落ち着け、盟友よ』」

「…………これ、どういうこと?」


 崩れる校舎。

 

 その側面に上下逆さまにめり込むサレンに、ロアはこう説明する。


「『その姿の名を神霊概装(しんれいがいそう)と呼ぶ。いわば小生と盟友との繋がりを強固にする媒体。容姿の変化は小生の影響を強く受けたことで生じた、いわば副作用なもので問題ない』」

「…………で、これは?」

「『今の盟友には小生の力が流れ込んでいる状態だ。故に、盟友が保有していた以上の魔力が体に満ち、偶発的に身体能力を向上させているのだろう。よくある話だ』」


 だったら最初から説明しろと、サレンは思わず突っ込みそうになったが。


(…………この感じ。温かい湯船に全身が包まれるみたいな。これが全て、魔力ってこと?)


 ブルリ、と。

 思わず寒気がしたサレンは、ふと気になったことを口にする。


「これ、なんかデメリットとかないわけ?」

「『幾つか存在はするが、一つは気にしなくて構わないものだ。よって、一番重要なことだけ伝える』」

「おっけー…………って、わわ!?」


 『天使』からの連続攻撃。

 布のような一部を触手のように操るそれを、サレンは一歩で数十メートルを移動することで回避し。


「なんかっ、凄い制御しずらいんだけど!?」

「『小生の性質は『脈動』。無尽蔵と呼べる魔力供給を受けている以上、魔力切れは心配ないだろう』」

「それはっ、凄く有難いけどっ!」


 例えるなら加速がつきすぎるのだ。

 軽く踏み込んだだけで家屋にヒビが入り、足の位置を変えただけで平気で数メートル移動している。

 

 加えて、溢れんばかりの魔力はサレンに独特な高揚感を齎していた。


「…………ハハ!やばいこれ、めっちゃ楽しい!」


 空中さえ動き回る姿は、まさに縦横無尽。

 

 思わず静観する『天使』さえ忘れ、サレンは今まで感じたことのない爽快感に夢中になっていた。


(これ、攻撃したらどうなるんだろ?)


 必然的に、サレンの興味はそこに向く。


 先ほどまでは戦わず逃げることしかできない相手。

 だが今は、これだけ自由を与えてくれる力が自分にあるのだ。


(シルフィを怪我させた恨みだ。思いっきりブン殴ってやっても構わねぇだろ!)


 加えて本来荒っぽい性格が、高揚感によって四割増しになっているのだ。

 必然的に、サレンの選択は好戦的なものに変化する。


「ねぇ、ロア!」

「『どうした、盟友よ?』」

「思いっきりブン殴ったらさ、アイツのことブチのめせる?」

「『…………可能だろうな』」


 一瞬の躊躇い。

 

 だが、今のサレンにそれを気にする余白はない。


「それならっ!」

 

 攻撃が当たらぬことで焦れを見せる『天使』は、近づかんとするサレンを前に猛攻を仕掛けようとする。


 だが、それは開始するよりも前にサレンの侵入を許し。


「消し飛び、やがれぇっ!!」


 強く握られた拳による一撃によって、『天使』の体は眩い白光に呑み込まれた。


 遅れる形で衝撃波が吹き荒れ、一撃の余波によって崩れかけていた宿舎の一部が完全に倒壊する。


「どんなもんだい!あんまオレを舐めんなっての!」


 やってやったぜと笑みを浮かべるサレンの頭には、既に恰好のことなど完全に忘れ去られ。


(さーて、と。こんだけの力があるんだったら、いっそのことラシェトに)


 いつの間にか、何のためにロアと契約を結んだのかさえ忘却されていた。


(…………あぁ、楽しい、楽しいなぁ。こんだけ好き勝手にできるんだったら、そりゃラシェトだって図に乗るわけだ)


 今まで一ミリも理解できなかった同級生の顔を思い浮かべ。

 なんとなく、彼が自分を嫌っていた理由が分かった。


「───────そこまで」


 瞬間だった。


「…………え?」


 魔力が抜けた。

 まるで水槽の栓を抜いたかのように、サレンの体から大量の魔力が離散する。


「あくまで、私は見なかったことにします」


 容姿に変化はない。

 だけど、はち切れんばかりに蓄えた魔力と一緒に、直前までの思考が綺麗さっぱり抜け落ちていた。


 何が起きたか分からない。

 分からないが、気づかぬ間に背後に誰かがいて。

 聞いたことのある声の人が、何かを自分にしたのだけは理解できた。


「勤勉で努力家なのは知ってますが、もう少し慎みを持つべきですね」


 慌てて振り向いた時には、既に人の気配すらなく。

 

 何事もなかったかのように、ロアがサレンを見つめているのだった。

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