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魔法とは、掌で起こる星の煌めきである。
昔、私がまだ四歳か五歳の頃。
お父さんが買ってくれた一冊の本に書かれていた、とある一小節に心を奪われた。
魔法。
それは身分も立場も関係なく、誰でも扱うことのできる奇跡。
そして、この国では魔法を学ぶことは義務とされている。
魔法によって繁栄を極めた大国、クライドラ。
魔を修める者が上に立ち、魔を究める者を称える都。
全ての国民が、初等部に三年間。
より高度な学習を望む者は、中等部に三年間。
そして、一握りの天才だけが総本山である魔法学校を本校へ進み。
そんな才能を採掘すべく、各地に点在する形で分校が配置されている。
ここは、どこにでもある分校の一つ。
大勢の生徒が寝食を過ごす宿舎の、とある一室にて。
「…………」
時刻は深夜。
既に鳥たちさえ眠りにつく宵の中、一人の少女は椅子に腰かけ、机に置かれた小石に両手をかざしていた。
「…………」
光る。
まるで蛍のような淡い輝きのあと、その小さな小石はカタカタと音を立て震え出す。
「…………、」
続けて鳴ったのは、氷同士をぶつけたような音。
金属とも鉱石とも異なる音色のそれは、光に呼応するように連続し、やがて小石の形を徐々に変えていく。
「…………っ、ぐっ」
顔色が悪い。
炎天下に晒されているかのように、暗がりに灯る表情に明確な苦悶が見える。
「…………ふっ、ふっ、ふっ…………」
浅く、三つ。
なんとか呼吸を整えている間もまた、小石の形は変化を続けている。
「すぅ…………はぁ…………」
大きく吸って、吐く。
だというのに、苦しみに歪んだ表情に変化はない。
(……………………ここだ)
明確な転調。
急落下していく体調が、その底に到達したと本能が告げる。
(ここから、更に…………もっと、深くに…………)
掌から肩を辿って、その目元まで。
浮かび上がる血管は、よもすれば破裂しかねないほどに隆起し、不規則な動きを繰り返す。
元は三センチ程度の小石は、いつの間にか十センチを超える大きさに変化しており。
その形状もまた、道端には転がっていないであろう、動物を模した形へと姿を変えていた。
「……………………ぐぅっ、っが。は。ゲホ、ゴホ」
奇跡のような淡く美しい光。
それは少女の咽た呼吸と共に消え、照らされていた部屋は暗がりへと沈んでいく。
「大丈夫?」
別の声。
他者を労わる声に、咳き込む少女は強引に落ち着かせるために胸に手を当てた。
「ご、ごめん…………ちょっと、うるさかったよね…………」
「気にしないで。それよりも、どうだった?」
明らかに平常とは程遠い顔。
それを置いてまで尋ねたそれに対し、少女はあっけらかんと笑みを浮かべると。
「ダメっぽい」
ただ、それだけ。
続く言葉も、返す言葉もない。
二人の間に流れた静寂を破るように、尋ねられた少女は申し訳なさそうに頭を掻く。
「ごめんね、シルフィ。ずっと手伝ってくれてるのに」
今日こそはいけると思ったんだけどな、と笑う少女の名を、サレン。
生まれは東部の農村地区。
主に穀物を育てる一家の長女に生まれ、歳の離れた兄が二人いる下流階級の出。
大きな癖のない黒髪を肩口でばっさりと揃えた髪型と、朗らかな笑みは彼女の性格をよく表し。
小柄ながら、どこか人目を惹く存在感のある少女だと言えるだろう。
「…………気にしないで。私が好きでやってることだし、サレンちゃんのためだから」
微笑みそう告げた少女の名を、シルフィ。
サレンが生まれた地域一帯を治める上流階級の出身にして、歴史ある魔法使いの正当なる後継者。
緩やかなウェーブを描く緋色の髪に、左目の泣き黒子。
全身から漂う気品と優雅さは、人目を集めるが人を寄せ付けない風格を放っていた。
「そうは言ってもさ、ここまでしてもらって成果無しってのは申し訳ないよ。この練習用の魔石だって安くないんだし」
「元々は実家に眠ってたものだから平気よ。それに、魔具は使ってこそ意味があるものだから」
本来なら、決して交わることのない間柄同士。
二人が同じ部屋で、既に消灯時刻を過ぎてもなお話をしているのは、置かれた状況が故だろう。
「なにより、私もサレンちゃんが進級試験を合格してほしいって応援してる一人だから」
「…………うん。ありがと、シルフィ」
ここは魔法学校、中等部。
義務教育である初等部を卒業した後、希望する者だけが進学できる魔法の学び舎。
期間は三年。
卒業した後は就職するか、進学し更に魔法を修める道を進むことになる。
そして、それを決めるための試験は半年後に控えていて。
サレンは今のところ、何をどうやっても進学できない立場にあった。
「魔力が切れちゃったから、続きはまた明日にするよ」
才能の欠落。
生まれついて人並み以下の魔力しか持たないサレンは、進級試験を受ける条件すら到達できず。
才能が開花する兆しは、今のところは全くないのだった。




