第67話「シグマ、ネットの海でたくらむ?」
ナイア邸のリビングには、ふたつの妙な空気が漂っていた。
一つはあまりにも無防備に横たわるシグマの体。
そしてもう一つは、その体に向けられるナイアのジト目だ。
「……おい。それ、またろくでもないことしてんじゃないだろうな?」
ソファに座っていたナイアは、頬杖をついたまま、放置されたままのシグマの肉体をじろじろと睨んでいた。
バイトもまた、どこか不安げに眉を寄せて言う。
「また、サイト化しかけているのでは……?」
ナイアはため息混じりに「やだよ、また敵になるとか。やっと末っ子が馴染んできたってのに……」とつぶやいた。
ーーそして、その頃。
シグマはというと、ネットの海の深層に潜り込んでいた。
情報の渦をすり抜け、電脳の隙間をすいすいと泳ぐ彼の意識は、ある一点に集中していた。
「やっぱり……どこか様子が変だ」
映し出されたのは、町の至るところに設置された監視カメラの映像だった。
そこには兄弟たちが映っている。
いつも通りの家事や訓練の風景。
しかし、ふとした瞬間に浮かぶ曇った表情、不自然な間のある会話。
「これは……なにか、いやな思いを抱えているのかもしれない……」
シグマは思わずつぶやいた。
そして、直後にハッとしたように立ち上がる(デジタル上で)。
「ま、まさか……反抗期……!?」
思い込みは電光石火。
シグマは即座に行動に移る。
町の人々に“兄弟たちの変調”について片っ端から相談を始めたのだ。
「彼らが壁を感じ始めている気がして……これはきっと、機械と人の絆の試練です!」
近所のパン屋のおばちゃんは「それは思春期よ」と笑い、八百屋の店主は「反抗期があるってことは、それだけ育ってる証拠だ」としみじみ言う。
一方でナイア邸では、依然シグマの“置き去りボディ”を前にして混乱が広がっていた。
「おーい、帰ってこーい!そろそろこっちのジュース冷えてるぞー!」
「……ナイア様、ジュースで呼び戻せると思ってます?」
バイトの冷静なツッコミが虚しく響く。
だが誰も知らなかった。
シグマの“ろくでもないこと”は、実はとびっきり優しい計画のためだったことを──。
―――
「もう改造してやろうかな?」
ナイアがペンチのようなマーカーを持ちだすと、バイトを含む兄弟たちがシグマを守るように並ぶ。
「お止めくださいナイア様!まだ……まだ有罪とは……!」
バイトは気身を低くしながらも、しっかりと腕を広げてためらう。
その頂木の木陰で、シグマは電子の海のなか、ちょっとした悩みに顔を作っていた。
「ほう……人間は思春期という時期に、ベッドの下に物を隠したがるのか……」
ウィキペディアのようなデータの集合体をみながらぶつぶつ呟くシグマ。
「そういえばバイトが、ナイアと兄弟の写真を枕の下に隠してたな……まさか、バイトまで反抗期なのか!?」
シグマは悩む。他のことなら計算で分析できるのに、これだけは悩みたくなるのだ。
「もういたずらでもしてやる! 落書きしようぜ!落書き!」
ナイアは笑顔でマーカーをぶんぶん振り回す。
「ナイア様、落書きはお控えになって……!」
兄弟たちは守るポーズを続けている。
しかしそのころ……
「写真……写真か! いいねそれ! アルバムを作ろう!」
その時、シグマの電子意識は闘張するような情熱をしめつけていた。
過去のカメラデータから兄弟たちの撮れた瞬間を検索し、お気に入りの兄弟写真をずらりとピックアップ。
そして素晴らしい家族アルバムが完成した頃、シグマの意識は現実の体に戻った。
「みんななにやってるの?」
「おまえがずっと潜ってたからいたずらしようとしてんだよ!」
ナイアは兄弟たちに押さえつけられながらシグマに向かって笑う。
しかし、シグマは理解できないような顔をしつつ、ナイアに一つの端末を手渡す。
「はい! 誕生日プレゼント!」
ナイアはキョトンとした顔をした。
「え? なんでお前俺の誕生日知ってんの?」
「センドが前言ってた!」
アルバムには兄弟たちとの懐かしい写真がちりばめられていた。
「…………よし! 今日はみんなの誕生日ということにする!」
「え!」
「兄弟全員ですか?」
「おう! バイトも兄弟もシグマも、みんなの誕生日だ!」
「で、でもそれじゃあ、プレゼントが足りないって言うか……」
「なーに言ってんだ。みんなが喜ぶもんくれただろ? 家族のアルバムなんて喜ばねぇ奴いねぇよ!」
ナイアがシグマの頭をぽんぽんたたきながら笑った。
「よっし! じゃあ盛大に誕生日パーティーと行こうぜ!」
「僕ケーキ焼きます!」
「俺レース作ります!」
「飾り付けします!」
「では私はフォトフレームを買ってきます」
「今日が僕の誕生日……」
「おう、そうだぞ。お誕生日おめでとさん!」
シグマは自分の生誕を祝われて、どこか照れ臭くて、だけど心から幸せそうな笑顔を見せた。




