第63話「初陣・救出作戦」
「状況は最悪だ。テロ組織が近隣の街で人質を取って立てこもっている。」
ナイアの低い声が、緊張した空気の中を走る。
「人質に傷がついたら終わりだ。いいか、今回の作戦は――素早く、そして正確に。」
ハートシールド全員が無線で繋がれ、ナイア邸の地下訓練場を一時的な司令室にして作戦を立てていた。
「……俺たちが近づけば、敵は容赦なく撃ってくるはずです。」
レントが状況を読み上げる。
「敵は正面と側面、両方から射線を確保してるわね。」
ナナミが映像を指し示した。
その横で、シグマは無言で敵陣の配置図を演算し続けている。指先がわずかに震えていた。
「……シグマ、大丈夫か?」
ハイネが覗き込む。
「……はい。僕は、行きます。前線に立って、人を守るって決めましたから。」
ナイアがシグマの肩を軽く叩く。
「そうだな。じゃあ任務を言い渡す。おまえが人質を救出しろ。俺たち狙撃班が合図する。タイミングを間違えんなよ?」
「……了解。」
現場は薄暗いビルの内部。
外ではガルドとセンドが防御壁を張り、ナナミとミミミがカバーをする。
「シグマ、聞こえるか?」
「はい、聞こえています。」
「三秒後に狙撃班が撃つ。その瞬間に飛び出せ。」タイチが低く告げる。
「……わかりました。」
シグマは息を整えた。視線の先には、小さな女の子が恐怖に震えながら縛られている。
――絶対に、傷つけさせない。
「カウントいくぞ。三……二……一……ゼロ!」
パンッ! 銃声が一瞬、空気を裂いた。
その刹那、影が飛び出す。
「――ッ!」
シグマの身体は滑るように床を蹴り、銃弾が掠めるわずかな隙間をすり抜けた。
敵の銃口が向くより早く、シグマは少女の身体を抱え込んで転がり込む。
「……大丈夫です、もう安全です!」
少女の震えた手が、シグマの服をぎゅっと掴んだ。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
その言葉は――まっすぐに、シグマの胸に突き刺さる。
温かく、誇らしく、そして何より嬉しい響きだった。
「……こちらシグマ、救出完了。」
無線越しにナイアの安堵した声が返ってくる。
「よくやったな、末っ子!」
シグマは少女をしっかりと抱えたまま、初めて自分の胸を張って笑った。
――これが、前線に立つということ。
そしてこれが、守るということなのだと。
―――
救出作戦から数時間後。ナイア邸のリビングには、無事帰還したメンバーたちが集まっていた。
テーブルの上には、ナナミが買ってきたケーキやジュースが並べられ、自然と小さな打ち上げのような雰囲気ができあがっている。
「いやー、あの動き、やるじゃん! シグマ!」
タイチが満面の笑みで親指を立てる。
「よかった……あの子、泣いてたもんね。」
ナナミが紅茶を注ぎながら微笑む。
「無事でなによりだ。」
レントも短く頷いた。
兄弟たちはシグマを取り囲むように集まっている。
「末っ子! すごかった!」
「やっぱり前線向いてます!」
「お兄ちゃんって呼ばれてた!」
「ずるい! 私も呼ばれたい!」
「ちょ、ちょっと待って!」
シグマは耳まで赤くなって手を振った。
「だ、だってあの子が急に……僕を……。」
バイトが優しく笑いながら肩を叩く。
「おめでとうございます、末っ子。今日からあなたも、誰かの“お兄ちゃん”ですよ。」
「……お兄ちゃん……。」
その響きを繰り返すたび、胸の奥が温かく満たされていく感覚があった。
ナイアは背もたれに身体を預けて、わざとらしく腕を組んだ。
「おいおい、俺より先に“お兄ちゃん”デビューかよ。ま、やるじゃん。」
「……ありがとう、ナイア。」
「ん? なにが?」
「僕に……こんな場所をくれて。」
ナイアは一瞬だけ目を丸くして、それからにやりと笑った。
「家族だろ? 当たり前だ。」
そのやり取りを聞いた兄弟たちは、思わず口々に言う。
「やっぱりナイア様はお兄ちゃんですね!」
「先生じゃなくてお兄ちゃん!」
「パパだと思ってました!」
「ちょ、長男は私ですからね!?」と慌てるバイトに、場がどっと沸き立つ。
ハイネはその様子を見て、リラリと視線を交わした。
「……なんか、いいな。」
「ええ……家族のようですね。」
笑い声が響くナイア邸。
「……ありがとう、お兄ちゃん。」
あの少女の言葉を、シグマはもう一度心の中で繰り返した。
その胸の奥で、確かに――温かいものが脈打っていた。




