第62話「それぞれの“家族”のかたち」
夜のナイア邸。作戦帰りでまだ熱気の残るリビングに、ほっとした笑い声が広がっていた。
ハイネがソファに腰を下ろし、隣でリラリが紅茶を注いでいる。
兄弟たちはあちこちで後片付けをしていたが、賑やかさは相変わらずだ。
ふと、ハイネがナイアのほうを見やった。
「……そういえばさ。」
「ん? どうした?」
ナイアが振り返る。
「いつの間にかあの兄弟、おまえの“兄弟”ってことになってなかったか? ナイア。」
「……えへ、ばれた?」
にこりと笑うその顔は、いたずらを見つかった子供のようだった。
「ナイア様はご主人様ですか?」
「お兄ちゃん?」
「パパ?」
「先生?」
「長男?」
質問攻めにする兄弟たちに、バイトが慌てて手を上げた。
「ちょ、長男は私です! これは譲れません!」
「えぇ~?」「え~?」と周囲が笑いに包まれる。
ナイアは肩をすくめ、笑いをこらえながら言った。
「みんな、好きに呼べばいいさ。兄弟だって、家族だって、役割なんてひとつじゃないんだからな。」
すると、静かにシグマが立ち上がった。
その顔には決意が宿っている。
「……僕も、前線に立ちたいんだ。」
場が一瞬、静まり返る。
ナイアは椅子を回転させ、顎に手を当ててシグマを見つめた。
「……うん、いいんじゃね?」
あまりにあっさりとした返答に、シグマは思わず目を丸くする。
「え?」
ナイアはにやりと笑い、手をひらひらと振った。
「末っ子、おまえ戦闘型だろ~? 別に前線に立ってもいいよ。……死ななければな。」
「……っ!」
その言葉に、シグマはぐっと唇を結ぶ。
心臓が脈打つような感覚。
――死ななければ。
それはこの家族に課せられた、唯一の掟だった。
バイトが隣に立ち、優しくシグマの肩に手を置く。
「末っ子……無理はしないでください。それが、兄弟というものですから。」
「……ありがとう。」
シグマは小さく微笑んだ。
笑い声と、決意と、温かな空気が入り混じる。
ハートシールドの夜は、また新しい絆を結びながら更けていった。
―――
翌朝、ナイア邸の地下訓練場。
「よーし、シグマ! 今日は前線向けの訓練やるぞー!」
ナイアの明るい声が響く。
シグマは一瞬きょとんとした顔をしてから、すぐに真剣な目で頷いた。
「はい。僕は……守れる兄弟になりたいですから。」
バイトがそばで見守っている。
「シグマ、体勢を低く。あなたは速度で戦うのがいいでしょう。」
「了解。」
ガルドとセンドも、その大きな体を起こして構える。
「今日は俺たちが相手だ。全力で来い。」
「末っ子を潰すつもりはありませんが、手加減はしません。」
ナイアがぱんと手を叩く。
「よし! 模擬戦開始! 目標は、俺が持ってるこのフラッグを奪うこと!」
兄弟たちが見守る中、シグマは勢いよく駆けだした。
最初はぎこちなかった動きも、タイチが声を飛ばす。
「左! 次は跳べ!」
レントが的確な指示を送る。
「そのまま回り込め!」
ナナミは笑いながら援護射撃をシミュレーションする。
「はいはい! こっちは通さないよ!」
シグマの身体が軽やかに動く。
瞬間、センドの壁をかいくぐり、ガルドの腕をすり抜け、ナイアの背後へと回った。
「今だ、シグマ!」ハイネの声。
「――っ!」
シグマは伸ばした手で、ナイアが掲げるフラッグを掴み取る。
「タイムアップ! シグマ、勝利!」
ナイアがにかっと笑う。
「……やった……!」
シグマは肩で息をしながらも、確かな達成感に頬をゆるめた。
兄弟たちがぱちぱちと拍手を送る。
「末っ子、すごい!」
「やればできる!」
「おとうと強い!」
バイトがゆっくりとシグマの頭を撫でた。
「おめでとうございます。あなたは、もう立派な前線の一員です。」
「……ありがとう。僕……本当に、ここにいていいんですね。」
「当たり前だろ~?」
ナイアが背中をどんと叩く。
「俺たちの家族だ。これからも、どんどん頼ってくれ。」
「……はい!」
その返事は力強く、そしてどこか温かかった。
こうして末っ子シグマは、また一歩――ハートシールドの一員として、確かな足跡を刻んだのだった。




