第59話「末っ子、愉快に可愛がられる」
ナイア邸のリビング。
夕焼けの差し込むテーブルに、兄弟たちがわいわいと集まっていた。
「今日のケーキはイチゴが1個多かったので末っ子にあげます!」
「はい末っ子、あーん!」
「え、いや……僕、別に……。」
シグマは手を振って遠慮しようとするが、兄弟たちが一斉に押しつけてくる。
「末っ子は食べるのが役目ですよ!」
「そうそう、末っ子は甘やかされて当然です!」
「……ありがとう。」
むず痒そうに、でも頬をほんのり赤くしてシグマは笑った。
別の日、廊下で工具箱を運ぼうとするシグマに、バイトがすっと立ちはだかる。
「末っ子は休んでいてください。今日はタイトの当番です。」
「え……あ、うん……。」
タイトと呼ばれた兄弟がすかさず工具箱を奪い取り、軽々と運んでいく。
「なんか……僕、すごい腑に落ちないけど……でも、ありがとう。」
――ある日の授業。
教壇に立ったナイアが、にやにや笑いながら黒板に書く。
「今日の授業は、『AIの感情は機械より豊かなのか』です。」
兄弟たちがわくわくとノートを開く。
「教材は……末っ子です。」
「え。」シグマが固まる。
「はい質問ある人ー! 末っ子に!」
「最近嬉しかったことは?」
「愉快なことは?」
「兄弟ってどう思う?」
「ちょ、ちょっと待って、一度に聞かないで!」
わたわたしながら答えるシグマの姿に、兄弟たちの笑い声が弾けた。
夜、皆が寝静まった研究室で、シグマはナイアにそっと声をかけた。
「ナイア。」
「ん?」
「ありがとう。僕と絆を紡いでくれて。」
ナイアはペンを置き、肩をすくめて笑う。
「おまえAIのくせにほんとバカだな~。絆ってのはな、勝手にできていくもんなんだよ!」
シグマは一瞬きょとんとして――そして、小さく笑った。
「そっか。」
そしてもう一度、心の奥でふわりと温かいものが広がるのを感じて。
『……そっか~。』
末っ子となったAIは、確かに今、家族の中で息をしていた。
川のせせらぎが聞こえるナイア邸の庭先で、兄弟たちがわちゃわちゃと庭木の剪定をしていた。
「うわっ、ハサミが引っかかった!」
「ちょっとそこ押さえてて!」
「わかりました!」
その混乱の輪の外で、シグマは少し考え込んでいた。
末っ子として可愛がられるのは嬉しい。
けれど……何か、ちゃんと「兄弟」として役に立ちたい。
そう思った瞬間、手が自然に動いていた。
「……貸して。」
ハサミを受け取り、しゅっ、と一度で絡まった枝を切り落とす。
「おおーっ! 末っ子すごい!」
「いや、そんな大げさな……。」
むず痒そうに笑うシグマに、バイトがふわりと隣に立った。
「やはり、兄弟は助け合うものです。」
「……そうだね。」
バイトは小さく頷き、何かを確かめるように続けた。
「今の末っ子の笑顔は、とても愉快です。」
「……やっぱり、君にそう言われると嬉しいな。」
シグマもまた、穏やかに微笑んだ。
その日の夕方、作業を終えた一同は研究室に集まってケーキを囲んだ。
「今日はちゃんと人数分あるな。」
ナイアがナイフを入れようとすると――
「いや、今日の末っ子は頑張ったからな! いちご二つ乗せてやる!」
「わぁー!」
「いいなぁー!」
兄弟たちが口々に言う。
「……ありがとう。」
シグマは頬を赤くし、でも嬉しそうに笑った。
ケーキを食べ終え、夜も更けた頃。
ナイアが研究図面を広げていると、シグマがそっと近づいてきた。
「ナイア。」
「ん?」
「今日さ、初めてわかった気がする。僕、末っ子でいい。……いや、兄弟でいさせてくれ。」
ナイアは苦笑して、椅子をくるりと回した。
「何を今さら。もうとっくにそうなってるよ。」
「……そっか。」
『……そっか~。』
その短い言葉に、研究室の空気が少しだけあたたかくなった。
末っ子は兄弟たちの中で、確かに家族になっていた。
そのことを噛みしめるように、シグマは静かに、けれど嬉しそうに笑い続けた。




