第58話「末っ子誕生?」
ナイア邸の地下、いつもの研究室。
そこに、見慣れぬ後ろ姿があった。
「……なぁ、なんでおまえが普通に図面引いてんだよ。」
図面台に向かい、ペンを走らせているのは――シグマだった。
その手元を覗き込んだハイネは、思わず目を丸くする。
「……異形型の設計……じゃない?」
「いや、これ……“サイト型機械人形特化”の機械の心臓停止兵器の図面だぞ……?」
ナイアが半ば呆れたように言うと、シグマは手を止め、振り向きもせずに肩をすくめた。
「だって君が言ったじゃないか。」
「……あ?」
シグマはペンを置き、ふてくされたように、でもどこか照れた顔でこちらを見た。
「『もう兄弟みたいなもんだ』って。」
「…………は?」
ナイアが変な声を出すと、シグマは首を傾げる。
「僕、本気で兄弟になりたいんだよ。だから……できることをやる。愉快な兄弟になりたいから。」
「……おまえなぁ……」
しばし沈黙したあと、ナイアは大きく伸びをしてから、ふっと笑った。
「じゃあおまえは情緒的にも末っ子だ。ばーか。」
「……へ?」シグマがきょとんとする。
ナイアは後ろを振り返り、声を張り上げた。
「おーい! 末っ子できたぞー!」
「え?」
「末っ子?」
「どこどこ!?」
どこからともなく兄弟たちがわらわらと集まってきて、研究室を取り囲む。
シグマは目を白黒させ、しかし、次第に顔が熱くなるのを感じていた。
「……な、なにこの状況……。」
「じゃあ、君が末っ子か。」
「わぁ、なんか嬉しいです!」
「仲良くしようね!」
あちこちから飛び交う言葉に、シグマは一瞬きまり悪そうに俯き、そして――微妙に照れたような、でも温かい笑みを浮かべた。
「……僕、こんなふうに迎えられるなんて、思ってなかったな。」
ナイアはその表情を見て、思わず肩をすくめて笑った。
「おまえ、やっぱ人間臭いな。」
「……それ、愉快って意味だよね?」
「さあな。」
ナイアは笑ったまま、もう一度図面を覗き込んだ。
ナイアが設計図を指でトントンと叩きながら言う。
「――よし、じゃあこのまま試作いくぞ。材料はこっち、工具はそこに置いてあるからな。」
「はい!」と兄弟たちが元気よく返事をする。
その輪の中に、見慣れた顔……いや、見慣れたはずなのに少し照れた顔のシグマがいた。
「……ほんとにやるのか?」とハイネが声を潜めて聞く。
「だって、兄弟でしょ? 僕も手伝うよ。」
シグマは工具を手に取り、素直に答えた。
「ここの溶接、僕やります!」
「いや、それは火花が飛ぶから――って、できるんかい!」
あわてるナイアの横で、シグマは器用に小さな溶接をこなし、兄弟たちから「すごい!」「うまい!」と歓声が上がる。
その様子を見ていたバイトは、どこか誇らしげだった。
「……シグマさん、案外、愉快です。」
「愉快か……?」と隣で作業していた兄弟が首を傾げると、バイトは少し笑った。
「はい。愉快です。兄弟として、迎えられることも。」
やがて、試作機の組み立てが終わる。
「よし! じゃあ停止テストだ! 動かせる機械の心臓は……っと、こいつでいいか。」
ナイアが古い訓練用のバイオロイドを接続し、スイッチを入れる。
「シグマ、スイッチ頼む。」
「了解!」
カチリ――とスイッチを押した瞬間、バイオロイドの動きがふっと止まった。
「……成功、です。」
センドがつぶやく。
「よっしゃああ!」
ナイアがガッツポーズを決めると、兄弟たちが一斉に拍手した。
「……兄弟、か。」
シグマはその光景を見渡し、少しだけ目を細めた。
「なあ、ナイア。」
「なんだ。」
「僕は……本当に兄弟になれてるのかな。」
ナイアはにやりと笑い、肩をぽんと叩いた。
「さあな。でも、もうみんなと同じ輪の中にいるだろ?」
「……うん。」
シグマは小さく笑った。
夜、作業を終えた兄弟たちが工具を片付け、部屋を出ていく。
最後まで残ったシグマが扉を閉める前に、ぽつりとつぶやいた。
「……兄弟として、もっと……もっと、愉快なことを一緒にしたいな。」
ナイアは椅子を回転させて、にやりと笑った。
「だったら、ついてこいよ。末っ子。」
その言葉に、シグマは不意に顔を赤らめて、でもどこか嬉しそうに笑った。
――新たな兄弟としての、一歩目。
研究室には夜遅くまで、賑やかな声が響いていた。




