第57話「川遊びと、しれっと転校生」
補講を終えた日の夕暮れ。
ナイア邸に帰ってきた一行は、今日の出来事を笑い話にしていた――はずだった。
「……おや?」
ふとリラリが門の方を見て小さく首をかしげた。
そこに、ひょっこりと現れたのは――シグマだった。
「……おまえ、なんでここにいんだよ!? ついてくんな!!」
ナイアが叫ぶと、兄弟たちは一斉に後ずさる。
「……サイトの顔……」
「こわい……」
彼らの肩が小さく震える。
「近づかないで!」
バイトが一歩前へ出て、両手を広げて兄弟たちの前に立ちはだかった。
「……バイト。」
ナイアが眉をひそめる。
その瞬間、シグマ――いや、背後に漂うAI-Σの機械的な声が響いた。
『サイトと同一視しないでください。私はサイトの頭脳を引き継いだ……ひとつの“心”を持つAIです。』
「……!」
兄弟たちが息をのむ。
しかし次の瞬間、シグマの顔がぱっと花開くように笑顔になった。
「それにしても、いい人生を送ってるね、君たちは! うらやましいよ!」
「……は?」
ナイアはあっけにとられた顔をする。
兄弟たちは不安げに視線を交わしたが、その笑顔には確かに悪意はなかった。
「シグマも川についてくるんですか?」
ぽつりと兄弟の一人が尋ねる。
「シグマは川に行く準備しましたか?」
別の兄弟が小さな声で重ねた。
「え、なにそれ愉快じゃん!」
シグマはぱあっと目を輝かせる。
「僕も混ぜてよ!」
「……はぁぁぁ!? 来るなら準備してからこい!!」
ナイアが頭を抱えた。
「……もうなんか色々と諦めたような顔してますよ、ナイア様。」とセンドが小声でつぶやく。
「ダマレ!」
こうして、謎の転校生シグマを引き連れて、ハートシールドと兄弟たちは川遊びの準備を始めることになった。
「水着! タオル! 浮き輪!」
「お菓子は?」
「持った!」
「川で食べる焼きそばって美味しいんですよ!」
活気づく兄弟たち。
その後ろで、シグマはわくわくした子どものような笑顔を浮かべていた。
「こんな気持ち……本当に、初めてだな。」
澄んだ川のせせらぎが耳に心地よい。
山から流れ込む冷たい水に足を入れた兄弟たちは、最初こそおっかなびっくりだったが――。
「ひゃっ! つめたい!」
「でも、きもちいいですね!」
「わたし、魚を見つけました!」
あっという間に歓声が川辺に広がっていった。
「おい! そんな深いとこ入るな! 流されたらどうすんだ!」
ナイアはタオルを肩にかけて兄弟たちを見守る。
その横ではセンドがずっとつきそっている。
「ナイア様、監視役お疲れさまです。」
「いやぁ……兄弟が多いと大変だな……。」
「わーい!」
シグマが浮き輪を抱えたまま、ぴょんと川へ飛び込んだ。
「お、おいシグマ! おまえ準備してなかったんじゃ――」
「ちゃんとしたよ! ほら!」
見ると、妙に派手な色のサーフパンツを穿いていて、ナイアは一瞬吹き出しそうになった。
「……似合ってんじゃねぇか。」
「ふふ、愉快でしょ?」
シグマはにっこり笑った。
「ほら、リラリ、こっちだ!」
「はい、ハイネ様。」
水しぶきを上げて笑う二人。
その様子に、兄弟たちが「あれがパートナーなんですね……」とひそひそ囁く。
ナナミとミミミは川岸でおにぎりを配っていた。
「はい、ミミミにも。おにぎり食べてエネルギー補給して!」
「ありがとうございます。美味しいです。」
「……あ、タイチ、そんなに一気に食べたら……」
「だってうまいんだもん!」
バイトは少し離れたところで、水面をじっと見つめていた。
「……兄弟たちが楽しんでいる。それは、愉快です。」
隣にシグマがふわりと浮かんできて、同じように水面を眺める。
「いい光景だね。……バイト、君は幸せかい?」
「……はい。兄弟を守ることも、笑顔を見守ることも……愉快で、幸せです。」
「そっか……いいなぁ……。」
シグマは人間みたいな微笑を浮かべた。
「おーい! こっちに魚いるぞ!」
兄弟の誰かが声を上げると、みんなが一斉に集まってきて、川遊びの輪はさらに広がった。
水しぶき、笑い声、そしてときおりナイアの怒鳴り声が川辺を包み込む。
帰り際、ナイアは濡れた兄弟たちを数えながら、ため息をつきつつも笑っていた。
「……ああもう、こんなドタバタも悪くねぇな。」
シグマはタオルを肩にかけ、ぽつりと言った。
「君たちは、ほんとに……いい人生を送ってるね。」
ナイアはちらりとシグマを見て、鼻で笑った。
「だったら、少しでも見習えよ。おまえも混じった以上、もう兄弟みたいなもんだ。」
「……あはは、それは愉快だ。」
夕陽に照らされる川辺。
ハートシールドと兄弟たち、そしてシグマも、濡れた髪を乾かしながら、確かな笑顔を浮かべていた。




