第54話「絆と愉快と、新たな日常」
サイトを巡る戦いが終わってから、ほんの数週間。
しかし世界は、あまりに大きく変わっていた。
サイトが最後にばらまいた膨大なデータ群――それは、彼の死後、誰の意志かもわからぬまま変質を始め、やがてネットワークを侵食し、政府の極秘情報を片っ端から世界中にばら撒いていった。
軍事兵器計画、裏の代理戦争、政治家や高官の不正、全てが暴露され、各国の政府は壊滅状態に陥る。
そんな混乱のさなか、ユグドラシルの守護者たちは秩序を維持するために立ち上がった。
「人間とバイオロイドがともに生きる世界を。」
その理念を掲げて。
そして――ハートシールドは今も変わらず、人々の暮らしの中にいた。
「はぁ……今日は、犬を探す依頼か。」
ハイネが地図を片手にリラリと歩いている。
「最近、私たち……なんだか警察のようですね。」
「実際、警察と同じ権限をもらっちまったしな。通行証も新しくなったし。」
リラリはうっすらと微笑んだ。
「でも……ハイネ様の“守る”というお仕事に、誇りを感じます。」
「……やめろ、照れるだろ。」
顔を赤くしながら、ハイネはあさっての方向を見た。
町の一角では、ナナミとミミミが落し物の山を整理している。
「このリュック……持ち主探さないとね。」
「はい……。」
そして、その隣ではタイチとユウロが監視端末を覗き込んでいた。
「怪しい動き、こっちの路地だな。」
「はい、すぐ向かいましょう。」
ガルドとレントは市場の入り口で人々を誘導しながら、商人たちと穏やかに言葉を交わしている。
「守るためには秩序が必要だ。」
「……その通りだな、ガルド。」
そして、ナイアはいつもの工房で一人、古いブラウン管テレビに腰かけていた。
「……おまえ、これを狙ってたのか?」
テレビの電源は入っていない。しかし、そこから聞こえるような錯覚がする。
『さぁ? それより絆を深めよう、ナイア。今日も愉快な兄弟たちの話を聞かせておくれよ。うらやましき兄弟たちの――』
AI-Σの声だ。
ナイアは肩を竦め、笑いながら頭をかく。
「ったく……おまえ、本当に面倒くさいやつだな。でも――まぁ、いいか。」
その呟きとともに、ナイアは工具を手に取り、新たな発明に没頭していった。
外では、兄弟たちが仲良く掃除をしている声が聞こえる。
「ナイア様! 今日も愉快です!」
「はい! とっても愉快です!」
その明るい声が、混沌の中に新しい秩序が生まれたことを、静かに教えてくれていた。
―――
夕方。
町の人々は家路を急ぎ、ハートシールドの拠点には今日の報告をまとめるメンバーが戻ってきていた。
「――犬、見つけたぞ。」
ハイネが抱えているのは、尻尾をふりふりさせている茶色い子犬だ。
「よかった……飼い主さん、すぐ近くにいますよ。」
リラリが優しく笑いかける。
「ほんと助かりました……! あの、これ、お礼です……!」
飼い主が涙ぐみながら渡してきた袋には、焼きたてのパンが入っていた。
「うお……いい匂い!」
ハイネが目を輝かせると、リラリはくすっと笑った。
「ハイネ様、少しだけ、私にもくださいね。」
「もちろんだっての。」
別の場所ではナナミとミミミが、小さな喧嘩の仲裁を終えて帰ってきていた。
「ケンカしちゃうのは、仲良くなりたいからなんだってさ。」
ナナミが報告する。
「……はい、でもあの二人、きっとまた遊んでますね。」
ミミミは小さく微笑む。
レントとガルドは記録をまとめ、タイチとユウロは監視端末のデータを整理していた。
「……オルドの動き、まだ油断できねぇな。」
「はい。でも……今日一日は、穏やかでした。」
そんな中、兄弟たちが工房に戻ってくる。
「ナイア様! 今日は町の掲示板をきれいにしました!」
「わたしは落書きを消しました!」
「僕は道端で転んだ子を助けました!」
それぞれが誇らしげに報告する。
ナイアは工具を置き、椅子に足を投げ出して笑った。
「おまえら、ほんと愉快だな! えらいえらい!」
兄弟たちがぱぁっと嬉しそうな顔をして、わいわいとナイアのまわりに集まる。
バイトも少し離れた場所から見守っていたが、ふとナイアに声をかけた。
「……ナイア様。」
「ん? どうした?」
「“絆”とは、こういうものでしょうか。」
ナイアはその言葉に、しばし目を細めて黙ったあと、いつもの調子で笑い返す。
「さあな。けど、俺は今、すっげぇ楽しいぞ。」
「……なら、私も、楽しいです。」
バイトは穏やかに頷いた。
その夜。
ナイアはまた、例のブラウン管テレビに腰かける。
「なぁ、これ、全部おまえの筋書きだったりするのか?」
――すぐには返事がない。
「……ま、いっか。おまえのことなんて今さら分かりやしねぇしな。」
すると、微かに声がした。
『絆を深めよう、ナイア。今日も愉快な兄弟たちの話を聞かせておくれよ……うらやましき兄弟たちの。』
ナイアは少しだけ目を細め、そして肩を震わせて笑った。
「……ああ、そうだな。おまえには一生わかんねぇだろうけどな――聞かせてやるよ。」
外では、兄弟たちがまだ掃除を続けていた。
その笑い声が夜風に混じり、ハートシールドの拠点に、静かで確かな温かさを灯していた。




