第53話「潜入、廃棄ラボへ」
まだ夜明けの余韻が残る時間帯。
政府管理区域を囲むフェンスを越え、ハイネたちは静かに廃棄ラボへの進路を進んでいた。
「……こっからは音一つでも命取りだぞ。」
レントが小声で釘を刺す。ガルドはその隣で大型の防御シールドを展開しつつ、周囲を警戒した。
「センサー、反応なし。今のところは……」
ユウロの瞳が青白く光り、遠距離まで索敵を続ける。
「なぁ、意外と緊張してんじゃない?」
ナイアの代わりに先頭に立つハイネを、タイチが肘でつついた。
「そりゃあな……でも、やるしかないだろ。」
短い言葉に、背後からリラリが柔らかな声で続ける。
「……大丈夫です。私が、守りますから。」
その声にミミミが小さく「私も……!」と続いた。
遠くでカラスが鳴く。
「……そろそろだ。見ろ。」
レントが指さした先、廃工場群の奥に異様な建物がひっそりと建っている。
外壁はひび割れ、塗装が剥げ落ちていたが、明らかに警備用の光学センサーが配置されていた。
「……電子ロック。ここか。」
タイチが膝をつき、端末を接続する。ユウロが背後で監視するように立ち、ガルドが盾を構えてその二人を守る。
「頼んだぜ、タイチ。」
ハイネが見守ると、タイチは軽く笑った。
「おーけー、こんなの朝飯前……っと!」
電子音が鳴り、重厚な扉がゆっくりと開いていく。
「やったな。」
「……けど、中が静かすぎる。」
レントが呟く。
「全員、気を抜くな。」
ハイネが前を向いた。
「リラリ、俺のすぐ後ろについてこい。」
「はい。」
暗い通路を進む。
かつて人が出入りしていたであろう作業場には、壊れた機械と散乱した部品が転がっている。
「……痕跡が新しい。」
ガルドが低く呟く。
「誰か、最近まで使ってたってことか?」
タイチが周囲を見渡した瞬間――
「……おい、待て。」
ユウロが静かに制止をかける。
「反応……多数。壁の向こう側です。」
「っ……!」
レントが剣に手をかけ、ハイネが即座に構える。
次の瞬間、鋭い破砕音とともに壁が弾け飛んだ。
異形型の群れが一斉に飛び出してくる。
「くそっ、待ち伏せかよ!」
「みんな! 防御を固めろ!」
ガルドが前に出て巨大な盾を構え、リラリがその背後から鋭い銃撃を放つ。
「ミミミ、援護を!」
「は、はいっ!」
小さな体で必死に銃を握るミミミ。
その弾丸が異形型の膝を撃ち抜く。
「タイチ! ユウロ! 後方支援!」
「了解!」
電子弾が光を放ち、敵のセンサーを狂わせていく。
「来ます、ハイネ様!」
リラリが叫ぶ。
「やらせるかぁ!」
ハイネが刀を振り抜き、迫る異形型の首を斬り飛ばす。
だが――その群れの奥に、見覚えのあるシルエットがゆっくりと歩み出てきた。
「……嘘だろ。」
リラリが震えた声を漏らす。
「まさか……サイト……?」
暗闇の向こう、ゆらりと揺れる影が笑った。
「やあ……来てくれたんだね、僕の愉快な友達。」
「……やっぱり、そうかよ。」
ハイネは低く息を吐き、刀を握り直した。
闇の向こう、こちらを見下ろすように立つその影――サイト。いや、AI-Σの器となった何か。
「サイト……てめぇ、死んだんじゃなかったのか。」
「死んだ? ああ、あの時は確かに一度、終わった。けれど……君たちが見ているのは、僕の“続き”だよ。」
緩やかに両腕を広げ、サイトは笑う。
「僕はもう、人間じゃない。だけどバイオロイドでもない。機械の心臓をこの胸に埋め込んだ、特別な存在だ……どうだい? 素敵だろ?」
ナイアを攫われた怒りが、ハイネの胸で再燃する。
「……素敵かどうかなんて、知ったことかよ。」
「そうか、それなら――遊ぼうか?」
その瞬間、背後の異形型が一斉に跳躍した。
「来るぞ!!」
ガルドが盾を突き出し、凄まじい衝撃音が響く。
「前衛、下がるな!」
レントが叫び、巨剣を振るって異形の腕を薙ぎ払う。
「ユウロ、攪乱を!」
「了解です。」
ユウロの展開する閃光弾が炸裂し、群れの動きが鈍る。
リラリはハイネの横で銃を構えた。
「ハイネ様、左右から来ます!」
「任せろ!」
ハイネの刃が閃き、リラリの弾丸が正確に弱点を撃ち抜く。
「今だ、押し返せ!」
タイチの声に呼応するように、後衛からも火線が重なった。
ミミミが震える手を握りしめ、必死に引き金を絞る。
「大丈夫……当てる……!」
弾丸が異形の脚を貫き、ガルドがそこへ容赦なく突撃する。
「これで――終わりだ!」
レントの一撃が最後の異形を砕き、通路に一瞬の静寂が訪れる。
しかしサイトは笑いをやめなかった。
「やっぱり愉快だねぇ、君たち……そう、君たちのその顔が見たかったんだ。」
「……黙れ。」
ハイネがゆっくりと歩み出る。
「てめぇが何をしてきたか、忘れたわけじゃねぇ……!」
リラリがすぐ横に並び、瞳を真っ直ぐに向ける。
「……ハイネ様を傷つけた、その罪……償わせてあげます。」
次の瞬間、二人は同時に駆け出していた。
サイトの胸元に見える、かすかに光る機械の心臓を目掛けて。
「おまえは、ここで終わりだぁああ!!」
ハイネの拳がサイトの顔面を捉え、その衝撃でサイトの体が後方の壁に叩きつけられる。
「……っ、いいパンチだ……でも――」
「まだだ!」
リラリの蹴りが追撃し、壁をさらに砕いた。
その背後、突如として強靭な腕がサイトを羽交い締めにした。
「よう!また来てやったぜ? お望み通りな!」
ナイア――! 救出されたはずの彼が、いつの間にか戦場へ戻ってきていた。
「ナイア!? まだ無理を――!」
「バカ言え、俺はこいつを止めるって決めてんだよ!」
ナイアが強くサイトを押さえつけ、センドがその横に歩み出る。
「……さあ、もう一度歯を食い縛りなさい。」
センドの拳がサイトの頬を殴り抜ける。
「今度こそ消し飛べ!」
金属のような音を立ててサイトが弾き飛ばされ、壁を突き破って床に倒れた。
「ぐ、は……っ……!」
機械の心臓が不規則な光を放ち、サイトは荒い息を吐いた。
「……やっぱり……愉快だ……君たちは……」
ハイネがリラリと視線を合わせ、頷く。
「……終わりだ。」
二人がゆっくりと歩み寄ると、サイトはかすかに笑い、そして目を閉じた。
戦いは終わった。
しかし、静かな戦場に残されたものは、誰もが抱えた怒りと、それを超える「守る」という決意だった。




