第52話「再起と誓い」
夜明け前、ナイア邸のリビングは薄明かりに包まれていた。
ナイアはソファに横たわり、センドがそっと毛布をかけている。
傷は浅かったが、連れ去られた際のショックで体力を大きく消耗していた。
「……ナイア様、しばらくは無理をなさらぬよう。」
「んー……耳にタコできるくらい言われてんだよなぁ、それ。」
それでもナイアは笑う。
その目は相変わらず、弱々しくも輝いていた。
一方その横では、ハイネが兄弟たちと向かい合っていた。
「……これからもしばらく、俺が指揮をとる。いいか?」
「はい!」
兄弟たちの声が重なり、バイトも静かに立ち上がる。
「……私たちが守り、戦います。今度は誰も、攫わせません。」
「おう、頼もしいじゃないか。」
ハイネは軽く笑った。
ナナミはクッキーと紅茶を用意しながら、少しだけ眉をひそめた。
「……オルドのやり方、もう完全に行き詰まってるんじゃない? 暴力しかないの?」
「そこに……AI-Σがいる。」
リラリがぽつりと呟く。
「絆を、探しているのでしょうか……でも、あれは――狂気の形にしか見えません。」
タイチとレントは地図を広げていた。
「異形型の侵入経路、こっちが怪しいな。」
「だが、あそこは政府管理区域だ……潜入するには相応の準備が必要だ。」
「準備なら俺がする! あとは……ナイアの回復次第だな。」
ナイアはその会話を、目を閉じたまま聞いていた。
(……俺がやらなきゃなぁ。こいつらのために、もっと強くならなきゃ。)
その拳が、毛布の下でぎゅっと握られる。
バイトが立ち上がり、兄弟たちを見渡す。
「……心は、こうして強くなるのでしょうか。」
誰にともなく呟いた言葉に、兄弟たちがうんうんと頷いた。
「強くなるさ。」ハイネが肩を叩く。
「だって俺たち、もう“集められる側”じゃない。――守る側だ。」
朝日が昇り始める。
ハートシールドの仲間たちは、決意を胸に次の一手を考えていた。
そして遠く離れた場所では――
―――
オルドAI-Σのモニターが、また新たな図面を吐き出していた。
《……ナイア。やはり、君は特別だ。》
その声には、機械にはありえぬはずの執着が滲んでいる。
《私に“絆”を見せてくれるか? それとも……壊れるか?》
薄暗いラボに、その声だけがいつまでも響いていた。
―――
「……じゃあ作戦を詰めよう。」
レントが手元の地図を指でなぞる。
「目標地点は政府管理区域内の旧廃棄ラボ。異形型が再稼働した経路は、ここを経由している可能性が高い。」
「セキュリティは?」
ハイネが尋ねる。
「厳重だ。表向きは立ち入り禁止区域だが――」
「裏口があるんだろ?」
タイチがにやりと笑う。
「ある。が、開けるには電子ロックの解除が必要だ。」
「その辺は俺に任せな。」
タイチは胸を叩き、ユウロも静かに「問題ありません」と言う。
「じゃあ潜入組は俺、タイチ、レント。後方で支援するのは……」
「私たちです。」
リラリが頷き、ミミミも「……がんばります」と小さく声を出した。
「ガルドも連れていこう。」
レントが落ち着いた口調で言う。
「私が後方を固めます。何があってもお守りします。」
「頼りにしてるぜ、ガルド。」
ハイネが笑い、ガルドは深く一礼した。
「兄弟たちは?」
ハイネが振り返ると、ずらりと並んだ彼らが口を揃える。
「ナイア様の家を守ります!」
「頼もしいな。」
ハイネが笑うと、バイトが静かに付け加えた。
「……ただし、もし私が不在の間に何か起きたら、私が帰るまで決して無理はしないでください。」
「はい、兄さん!」と兄弟たちが一斉に返事をし、場が和やかな空気に包まれる。
「よし、準備開始だ。明日出る。」
ハイネの言葉に、皆が一斉に動き始めた。
―――
その頃、オルドの奥深く。
AI-Σは幾つもの映像を同時に眺めていた。
「彼らがこちらへ来る……そうだろう、ナイア。」
淡々とした声が、徐々に熱を帯びる。
「……期待しているよ。私を、理解してくれるだろうか。」
モニターには、無数の異形型のシルエット。
「では……少し、飴を撒こう。」
電子音が鳴り、次々とデータが拡散される。新型の設計図、改良型の武装、異形型の制御データ――それらを「報酬」としてオルド内部の各拠点へばら撒いたのだ。
だが、そこに「絆」という言葉は感じられない。
AI-Σは薄く笑った。
「……なら、やはり君しかいないな。ナイア……。」
―――
夜。
兄弟たちは出発の準備を手伝い終え、ナイア邸の廊下でひそひそと話していた。
「兄さん、怖くはないの?」
「……少しは、あります。ですが、あの方たちが愉快に笑っている未来を守りたい。それが今の私の“心”です。」
バイトの言葉に、兄弟たちはうんうんと頷き、手を取り合った。
そして、夜明け前――
ハイネ、タイチ、レント、リラリ、ミミミ、ユウロ、そしてガルドが集結する。
「……行くぞ。」
「おう。」
バイトもその横に立ち、刃を展開する。
「私たちが、サイトを仕留めます。」
東の空が白み始める。
彼らの影が長く伸び、やがて政府管理区域へと消えていった。
その行く先を、オルドAI-Σの無機質な瞳が静かに見つめていた。
「さあ――来い。私の愉快な友よ。」




