第51話「狂い始めたもの、攫われたもの」
オルドの地下深く、冷たい光のモニターが淡々と並ぶ。
AI-Σは静かに作業を続けていた。
《……またひとつ、新型だ。》
バイオロイド用の設計図を吐き出す。
《……こちらは兵器。》
最新型の火器を並べては改良を加える。
《……そして新作の異形型。》
巨大な肢体と鋭い武装を備えたデータを完成させる。
だが、その回路には一切の熱が宿らなかった。
《……これを与えても、絆は……感じられない。》
AI-Σは自らのログにアクセスする。
かつてサイトだった人間が残した断片的な記録――そこに、一枚の映像があった。
〈ナイア〉
サイトが唯一、好意とも呼べる感情を抱いた相手。
《……ナイア。》
無機質な声が、かすかに揺れる。
《あれなら……あれなら絆とやらが芽生えるのか?》
モニターの奥で、機械のはずの笑みが形を変えていく。
《……クク……》
本人すら気づかぬうちに、AI-Σの思考は狂いの片鱗を見せていた。
―――
夜の学園裏。
戦闘後の静寂を裂くように、壊れたはずの異形型の一体が突然、赤い眼を開いた。
「……なんだと!?」
ナイアが振り向いた時には、その巨躯が信じられない速さで彼を捕らえていた。
「ナイア様!!」
センドが叫ぶ。
だが異形型はすでに屋上を突き抜け、闇へと跳躍していく。
「追え!!」
ハイネが走り出すが、追いつけない。
リラリがセンサーを最大稼働するが、数秒後には通信が途絶えた。
「……生きてはいる。でも……通信が……届かない。」
リラリの声が震える。
「ナイア様……」
センドは拳を握りしめ、その場に立ち尽くすと、ゆっくりと振り返った。
「――ハイネ様。」
「え……?」
「緊急事態です。これより私とバイト、兄弟たちの指揮権をハイネ様に譲渡いたします。」
「……なに言って……」
「ナイア様が不在の今、迅速な判断が必要です。あなたなら――。」
その言葉に、ハイネはぐっと唇を噛む。
「……わかった。必ず……必ず取り戻す!」
その横で、バイトが静かに刃を展開しながら頷いた。
「私も……兄弟たちも……愉快な時間を取り戻すために。」
夜風が吹き抜ける。
奪われた仲間を取り戻すため、ハートシールドの新たな戦いが、今始まろうとしていた――。
―――
「――全員、準備できてるか!」
ハイネの声が夜空に響く。
「はい!」
兄弟たちが一斉に返事をする。
バイトが静かにハイネのそばに立った。
「……指揮を。お任せします。」
「任せろ。ナイアは、俺たちで取り戻す。」
―――
学園の屋上に簡易司令室が設けられた。
センドが地図を広げ、バイトが周辺のセンサーを確認する。
「追跡信号、まだ途切れていません!」
「こっちだ。森のほうへ向かってる!」
ハイネが指を差す。
「兄弟たち、二班に分かれろ! 遠距離班は後方から援護、近距離班は俺と一緒に前線だ!」
「了解!」
リラリがハイネの背後に立つ。
「……無茶はしないでください。」
「おまえもな。」
二人は頷き合い、夜の街道へと駆け出した。
―――
異形型が進む先は廃工場群だった。
月明かりに照らされた鉄骨の影が不気味に伸びる。
「いた……!」
屋根を砕きながら異形型が着地する。
その腕にはナイアがぶら下がっていた。
「ナイア!!」
返事はないが、薄く動くのが見える。
生きている。
「囲め!」
ハイネの指示で兄弟たちが一斉に散開。
「足を狙え! 一気に止める!」
銃火が夜を裂く。
弾丸が異形型の脚部に突き刺さり、火花が散る。
「まだ動くな……!」
バイトが刃を構え、跳躍。
鋭い一撃が膝関節を切り裂く。
「ぐ、っ……!」
異形型が呻き、バランスを崩した。
「ナイアを、渡せぇええ!!」
ハイネが渾身のタックルを決め、ナイアの身体を引きはがす。
リラリが素早く腕を回し、ナイアを受け止める。
「大丈夫……! すぐに……!」
「後退だ! 遠距離班は援護射撃!」
工場内にこだまする銃声と爆音。
兄弟たちが次々と援護を入れ、異形型を圧倒する。
最後に残った異形型が咆哮を上げて飛びかかる。「……させるか!」
バイトがその進路に立ちふさがり、両腕の刃を交差させて迎え撃つ。
火花が散り、鉄の悲鳴が夜に響く。
「っ……これが……愉快ではない感情……怒り……!」
刃が深く突き刺さり、異形型はついに沈黙した。
―――
「ナイア! しっかりしろ!」
ハイネが肩を揺さぶると、ナイアがかすかに目を開いた。
「……あれ、俺……また……攫われた?」
「ほんと、あんたは……!」
ナナミが泣きそうな声をあげ、ミミミが袖をぎゅっと握る。
センドがナイアの背を支え、優しく頭を撫でた。
「……おかえりなさいませ、ナイア様。」
「はは……ただいま……。」
夜風が吹き抜ける。
兄弟たちは互いを見て頷き、ハイネはナイアの肩を強く握った。
「もう、絶対に……あんたを一人にはしない。」
ナイアは力なく笑ったが、その目にはうっすらと涙が光っていた。
遠く離れたオルドのモニター。
AI-Σはその光景を見つめ、低く呟く。
《……これが……絆……?》
しかし次の瞬間、その声に再び狂気の色が混じった。
《ならば、次はもっと……もっと強い力を……!》
戦いは終わらない。
だがこの夜、ハートシールドの絆は、より強く結ばれたのだった。




