第45話「撫でられる頭と、気づいた事実」
ナイア邸のリビングには、いつものように穏やかな空気が流れていた。
兄弟たちはテーブルの向こうで集まり、小声で戦闘の振り返りをしている。
「負傷者なし、いい戦局です。」
「完全破壊者数名。」
そのやりとりに、バイトは一瞬まばたきをした。
「……え?」
兄弟たちの言葉が耳に残り、バイトの瞳が揺れる。
「……完全破壊者……数名……」
胸の奥に、重く冷たいものが落ちたような感覚。
バイトはそっと呟いた。
「それは……愉快では、ありませんね。」
―――
一方、ソファにはナイアがふんぞり返っていた。
だが、その頭に大きな手が優しく置かれている。
「……センド? おーい、そろそろ撫でるのやめてくんない? てかなんで撫でてんの!?」
ナイアが文句を言うが、センドは微笑んだまま、手を離さない。
「ナイア様、先ほどの戦闘……わたくしは、よくやったと思いますよ。」
「え、急にどうした? やめろ、くすぐったい……!」
ナイアが頬を赤らめていると、横から温かな香りが漂った。
「はい、紅茶です。」
ハイネがリラリと一緒にティーカップを差し出す。
「クッキーも焼いたよ。」
ナナミとミミミが皿をテーブルに置く。
「……え? みんななによ、今日は俺の誕生日でもなんでもないぞ?」
ナイアが目を丸くするが、誰も直接答えようとはしない。
ただ、リラリが小さく微笑んで言った。
「少し、休んでほしいと思いまして。」
ハイネも肩をすくめる。
「……たまには、な。」
ナイアは、差し出された紅茶を受け取りながら、少しだけ視線を逸らす。
外ではまだ、兄弟たちの反省会が続いている。
そしてリビングでは、センドの大きな手がナイアの頭から離れないまま、ゆっくりと時間が流れていた――。
―――
カップの紅茶は、すでにぬるくなっていた。
ナイアはソファに座ったまま、空を見つめていた。
センドの大きな手がまだ頭に置かれている。
リラリとハイネは静かに片付けをし、ナナミとミミミはクッキーの皿を拭いている。
そんな中、ぽつりとナイアが呟いた。
「……許せなかった。」
誰も動かず、耳だけがナイアの言葉を追う。
「簡単に人のことを壊すアイツらも……直せない俺のことも……。」
伏し目がちの横顔に、言葉の影が落ちていた。
―――
その頃、隣の部屋では兄弟たちとバイトが集まっていた。
「……あのとき、完全に壊れてしまった者たちがいた。」
「愉快では、ない……どうすれば……?」
「……処理方法がわかりません。」
「……どうすればいい?」
円卓を囲むその声は、途方に暮れた子供たちのようだった。
何度意見を重ねても、会議は平行線のまま。
バイトは静かに俯き、拳をぎゅっと握った。
「……ナイア様なら……。」
―――
やがて、リビングの扉がそっと開いた。
立っていたのはバイト。
その背後には、兄弟たちが不安そうに並んでいる。
誰も言葉を発せず、ただ視線で助けを求める。
その姿は、まるで迷子の子供たちが親を探してさまようようだった。
ナイアはゆっくりと立ち上がり、彼らを見渡す。
そして歩み寄り、バイトの肩に手を置いた。
「……そうだな。俺だって、まだわからない。どうすればいいのかなんて、まだ知らない。」
バイトは小さく震えた声で言う。
「……ですが、わたしたち、愉快ではない感情の処理が……できません……。」
「……そっか。」
ナイアは深く息を吸い込み、そしてわざと大きな声で笑った。
「なら、一緒に探していこうぜ。俺もまだ迷子みたいなもんだしな!」
その笑顔に、兄弟たちの表情がわずかに緩んだ。
バイトもまた、涙をこぼす寸前の顔で小さく頷く。
――愉快ではない気持ちを抱えたままでも、歩き出すことはできる。
その一歩を、ナイアと共に踏み出すために、兄弟たちはその場で小さく拳を握りしめたのだった。




