第2話「サーヴァント学園の日常と影」
朝の陽光が街を金色に染め、未来都市の中心から少し離れた場所にそびえる白亜の校舎が輝いていた。
そこがサーヴァント学園――人とバイオロイドが共に学ぶ、国内唯一の特別教育機関だ。
制服の袖を直しながら、ハイネは校門をくぐった。
隣には控えめな笑みを浮かべるリラリが付き従う。
昨日、命懸けで廃材置き場を抜け出したばかりだというのに、学園の朝は驚くほど穏やかだった。
「マスター、緊張していますか?」
「するだろ、普通……初日なんだし」
広い校庭では既に何組もの生徒とバイオロイドが訓練をしている。
フェンシングのような模擬戦、情報処理の実演、礼儀作法のレッスンまで、あちこちで声が響く。
「ハイネー!」
元気な声に振り向けば、こちらへ手を振るナイアの姿があった。
彼の後ろには白いスーツを着た執事型バイオロイド、センドが控えている。
どちらも余裕のある笑顔を浮かべていた。
「お前、ついに来たんだな! リラリがパートナーか?」
「……ああ、まあ、拾いものだけどな」
リラリは軽く会釈をし、穏やかな声で名乗る。
「リラリと申します。ご主人様の命に従います」
「礼儀正しいなぁ。うちのセンドも見習えよ」
「ナイア様、わたくしは常に最適な対応を……」
そんな友人たちとの軽口が、緊張をほぐしてくれる。
しかし、笑い合うその視線の端に、冷たいものを感じた。
校舎の影に、一瞬だけ黒いスーツの男が立っている。
腕には政府機関の徽章が光っていた。
「……ハイネ、どうした?」
「いや、なんでも……ない」
胸の奥で、リラリがわずかに反応する。
「マスター、監視されています。注意を」
心臓が跳ねる。
平穏な学園生活の裏に、昨日の追跡者たちの影が忍び寄っている。
そんな実感が、ハイネの背筋を冷たくした。
入学式が始まる。
豪華な講堂のステージで、学園長が人とバイオロイドの共生を高らかに謳う。
しかしハイネの耳には、その言葉がどこか薄っぺらく響いた。
リラリの存在が、裏の現実を突きつけるからだ。
「……マスター、次は実技評価です。心配なさらず、わたしが守ります」
小さな声が、隣で囁いた。
ハイネは息を整え、頷いた。
守ると言ったのは自分だ。
なら、何があっても彼女を守り抜く。
やがて、実技場に呼ばれる。
模擬戦を通じてパートナーとの連携を評価する試験だ。
ナイアとセンドが軽やかに動き、観客席から歓声が上がる。
その後ろで、ハイネは深呼吸をした。
「……行くぞ、リラリ」
「はい、マスター」
二人が歩み出たその瞬間、試験用の敵機体がうなりを上げて起動した。
その目が、ハイネではなくリラリを見て、一瞬だけ奇妙なノイズを走らせた。
何かがおかしい。嫌な予感が、また胸を締め付ける――。
実技評価のアナウンスが響き渡る。
ハイネとリラリはフィールド中央に立ち、四方を囲む観覧席からは同級生たちの声が飛び交っていた。
人工の太陽灯が煌めき、床面のホログラムが起動を知らせる青いラインを走らせる。
「マスター、敵機体、二体。模擬剣装備、推定機動値、低レベル」
「なら、こっちでやれる……はずだ」
試験用の機体が突進を始めた。ハイネは咄嗟に指示を出す。「リラリ、右から来る奴を牽制!」
「了解しました」
リラリはエプロンの下から簡易シールドを展開し、相手の剣を受け止める。
金属が弾ける音が響き、観客席から小さな歓声が上がった。
ハイネは左側の機体に向かって模擬銃を構え、引き金を絞る。
――だが次の瞬間、敵機体の眼が赤く染まり、異様な駆動音を上げた。
「ハイネ、動きが……違う!」
ナイアの叫びが遠くで聞こえる。
敵機体の腕部が通常の関節限界を超え、刃を唸らせてリラリへと振り下ろした。
演習用とは思えない速度と力。
「マスター、離れてください!」
リラリが体を捻り、受け止めようとした瞬間、彼女の瞳にかすかな亀裂のような光が走った。
脳内で封じられていた何かが、解放されるように。
――システム、戦闘補正モード、起動。
耳元で誰かが囁いたような気がした。
リラリの身体から放たれる青白い光が強まる。
片腕しかないはずなのに、残る腕が信じられないほどの速度で敵機体の関節をつかみ、捻り潰した。
鈍い音。
鋼鉄の肢体が簡単に千切れ、火花を散らす。
「な、なんだあれ……!」
観客席がざわめく。
教員たちが慌てて端末を操作し、非常停止信号を送るが、フィールド上のもう一体の機体がリラリを狙って跳躍する。
「リラリ、危ない!」
ハイネが叫んだその時には、すでに彼女は次の行動を終えていた。
残る一体をも片腕で地面に叩きつけ、関節を極め、頭部を容赦なく踏み砕く。
青い瞳が虚空を見つめ、戦場のような冷たさを宿している。
ハイネは息を呑んだ。
「……リラリ、やめろ! もう終わった!」
その声で、彼女の瞳の光がふっと弱まり、動きが止まった。
フィールドには破壊された二体の機体と、静まり返る観客席だけが残る。
「……マスター、わたし……」
リラリが小さく震える。
彼女の手には敵機体の破片が握られていた。
「大丈夫だ。お前は……俺のパートナーだろ?」
ハイネはそう言い、彼女の肩にそっと手を置く。
だが、視線の先では、教員席のさらに奥、黒いスーツの男がじっとこちらを見ていた。
昨日の廃材置き場で見た、あの監視者だ。
胸の奥に重たい予感が落ちる。
学園の穏やかな日常の裏で、確かに何かが動いている。
「……帰ろう、リラリ」
「はい、マスター」
二人はフィールドを後にした。
だがその背後では、複数の視線が新たな興味と脅威を込めて彼らを追っていた。