第19話「決戦前の静寂」
本戦二日目の朝。
アリーナの裏手にある宿舎の一室で、ハイネはまだ薄暗い天井を見上げていた。
昨日の話し合いが頭から離れない。
人間が前線に出るべきか――。
サイトの挑発が胸をざわつかせる。
隣のベッドでリラリが静かに目を覚ます。
「……ハイネ様。もう起きていらしたのですか?」
「あぁ、寝れなくてな……」
「……緊張しておられるのですか?」
「まぁな。昨日のことも考えてた。」
リラリはしばらく黙り、そしてそっとハイネの手を握る。
「……私は、どこにでもついていきます。だから、迷わないでください。」
その言葉に、ハイネはわずかに笑い、彼女の手を握り返した。
―――
出撃までの準備を進める控室。
ナナミはミミミの髪を丁寧に結い直していた。
「大丈夫、あんたならやれるって分かってる。」
「……はい、ナナミさんも……無理しないでくださいね。」
「……あんたに心配されてちゃ、まだまだね。」
互いに軽口を叩きながらも、その目は真剣だった。
タイチはユウロの武装を調整し、レントはガルドの軽装モードを再確認する。
「……次はどう動く? また潜入するか?」
「やれるか?」
「任せてくれ。ユウロも、いいな?」
「はい、タイチ。あなたの命令がすべてです。」
頼もしい返事にタイチが頷く。
レントはガルドの肩に手を置き、静かに言った。
「鎧を脱いだ戦い……昨日のように、また頼むぞ。」
「承知。」
ガルドの声は低く力強い。
そんな仲間たちを見渡して、ナイアは壁にもたれ、普段より真面目な顔をしていた。
「……なぁ、全員聞いてくれ。」
声をかけられ、一同が動きを止める。
「次の相手は……噂じゃ前線に人間も立つチームだ。バイオロイド頼みじゃない。相当手ごわいと思え。」
「……人間が前線に……」
ハイネが呟く。
「そうだ。俺たちが昨日話したことを、あいつらはもうやってる。だから、これまで通りじゃ通じないかもしれない。」
控室の空気が張り詰める。
「けどな。」
ナイアはニヤリと笑った。
「お前たちは俺が選んだチームだ。俺は信じてる。だから、今日も勝つぞ。」
その言葉に、重苦しい空気が少しだけ和らいだ。
ハイネは立ち上がり、リラリに目を向ける。
「……リラリ、俺は――」
「ハイネ様、大丈夫です。……私がいます。」
その笑顔が、胸の奥にあった迷いを少しだけ溶かした。
出撃のアナウンスが鳴り響く。
「さあ、行くぞ!」
ナイアが拳を突き上げた。
「おう!」
「はい!」
「了解!」
全員の声が重なり、ドアが開く。
光の差す通路を、彼らは次の戦場へと歩き出した。
戦場へ出た瞬間、敵チームの動きに違和感を覚えた。
そこにいるのはバイオロイドだけではない。
銃を構え、刃を抜き、機械と並んで走る“人間”が前線に立っていた。
「来るぞ!」
ナイアの叫びが響く。
銃撃が一斉に降り注ぎ、リラリがすぐさま盾を展開する。
「ハイネ様、下がってください!」
「でも——!」
「いいから!」
しかし、敵の人間たちは恐れることなく突進してくる。
バイオロイドと完全に呼吸を合わせ、連携した攻撃が次々と飛んでくる。
「っ……なんて動きだ……!」
ハイネは歯を食いしばり、撃ち返すが、防御も巧みでなかなか倒れない。
後衛にいたタイチが通信を入れる。
「正面は無理だ! ユウロ、別ルートからコアを狙え!」
「了解です、タイチ。」
ユウロが小さく羽を広げ、屋根伝いに滑空していく。
一方でレントはガルドに命じる。
「鎧、解除だ! 今度は前線をかき回せ!」
「承知。」
ガルドが軽装になり、鋭いスピードで敵の前線に切り込む。
銃を構えた人間を吹き飛ばし、バイオロイドの刃をはじき返す。
ナナミとミミミが左右から援護する。
「ハイネ! 後ろ!」
「分かってる!」
ハイネは迫る敵を撃ち抜きながら、リラリに声を飛ばす。
「無理するな!」
「……いいえ。ハイネ様を守ることが私の役目です。」
リラリのブレードが閃き、敵の脚部を切断する。
しかし敵の人間は倒れてもすぐさま起き上がり、傷ついたバイオロイドの前に立って盾となる。
「……あいつら、マジで人間が前線だ……!」
タイチが呟いた。
「どうする……!」
ハイネが唇を噛む。
そのとき、ユウロからの通信が入った。
「タイチ、ゲームコアを確認しました。今なら——」
「やれ!」
ユウロが敵陣奥深くに潜り込み、炸裂弾を放つ。
閃光が走り、ゲームコアの一角が大きくえぐれた。
「今だ、押せ!」レントが叫ぶ。
ガルドがさらに加速し、前線の敵を蹴散らす。
ナナミがハンマーを振り抜き、ミミミがシールドで銃弾を弾き返す。
「ハイネ、行くぞ!」
「おう!」
ハイネとリラリも前線へと駆ける。
リラリが敵の斬撃を受け止め、ハイネがその隙を撃ち抜く。
「……まだ、守れる!」
「はい、ハイネ様!」
混戦の最中、レントが大剣を振りかぶり、ひび割れたゲームコアをめがけて突き刺す。
バキィン、と甲高い音とともにコアが砕け散った。
審判の声が響く。
「試合終了! 勝者、ナイアチーム!」
その瞬間、一同はその場にへたり込むようにして息を整えた。
「……くそ、なんて強さだよ……」
ハイネが額の汗を拭う。
「でも、勝てましたね。」
リラリが微笑む。
だが喜びも束の間、頭に残るのはあの戦場の光景。
人間が前線に立ち、バイオロイドと並んで戦う姿が焼き付いて離れない。
観客席の高みで、またしてもサイトが笑っていた。
「やっぱり君たちは面白いねぇ。相変わらずバイオロイド主体の戦い方だ。前みたいに人間が前線に出ちゃえばいいのに!」
隣のバイトが小さく首を傾げる。
「……ですから、それは危険かと。」
「人間の方が丈夫なんだからさ!盾になっちゃえばいいんだよ?」
サイトは本当に楽しそうに肩を揺らし、遠くの戦場を眺めていた。
その視線に気づいたナイアが、控室へ戻る前に振り返り、冷ややかな目を向ける。
「……あの笑顔、いつか絶対に凍らせてやる。」
戦いはまだ続く。
だが、彼らの決意もまた確かに強くなっていった。