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第98話 加速する支配計画



封律議会が到着し、上席査定官ヴェスタンによって「理外汚染源」と名指しされた直後、村の空気は完全に凍りついていた。


だがその騒ぎの最中、村の裏通りにある倉庫の一室では、別種の緊迫感が漂っていた。



「今だ。封印が始まる前に"中枢ID"を奪う」


カリムは地図の上に指を落とし、村中央より少し北に印をつけた。


「奴らが封印陣を展開し始めたら、この村は外への道も閉じる。封律議会が結界の"出入り端子"を押さえた後では遅い。その前に、魂柱の中枢権限を掌握すれば……この村の住人すら我々の所有物になる」



傭兵上がりの男たちが扉の近くで頷き、武装を整えた。


帳簿係に扮した男が、緊張した声で言う。


「ですが、昨夜からエルナとあの旅人――ミロシュが、供物台の結界を直して回っているという噂が。あれが計画の邪魔になる可能性が」



「無視して構わん」


カリムは淡々と断じた。


「結界の構造を本当に理解しているのはイルセだ。エルナが何をしようと、それで村が一、二日延命するだけだ」


念のため、と彼は短く付け加える。


「ミロシュとエルナの動きも追わせろ。監視は二重に。何かを壊しているだけなら問題はない。ただ、イルセに接触するようなら消す」



数人の影が無言で頷き、倉庫から離れていく。


カリムは地図を折りたたみ、上着を整えながら最後に部下へ言い放った。


「封律議会が封印に専念するほど、我々の自由度は増す。今この瞬間からが本番だ。村全体を"拠点"に変える準備を進めろ」



彼の目は静かに、しかし燃えるように光っていた。


それは、破滅の中にだけ"自由"を夢見る者の目だった。



村全体が重い沈黙に包まれていた。


家々の戸が閉ざされ、広場には誰の姿もない。


畑の隅の小屋では、老人が震える声で祈りの言葉を繰り返していた。


その静寂を縫うように、黒い服の一団が家々を回り始めた。



旅人に偽装した男たち、穏やかな笑顔を貼りつけた商人たち。


彼らは戸口に食料の包みや薬の小瓶を差し出し、こう囁いた。


「こんな時、頼れるのは俺たちだよ。王都の連中は助けてくれやしない」


「食料? 構わない。困ったときは互いに助け合うのが"同じ側の人間"ってもんだろう?」



最初は誰も受け取らなかった。


だが子どもを抱えた若い母親が、震えながらもその小瓶を両手で受け取った瞬間、堤防に小さな亀裂が入った。


男たちは笑顔のまま言葉を重ねる。


「黒封隊が封印して村を閉じたら、中にいる連中は"見捨てられた人間"になる。でも俺たちと一緒なら……食べ物も安全も、ちゃんと手に入る」



その言葉に、若い男たちの数人が目を伏せたまま頷きかけた。


畑を守ることしか知らず、戦いの術も持たない彼らにとって、封印よりも"誰に守られるか"の方が現実的だった。



カリム本人は姿を見せていない。


しかし配下の者たちは手際よく役割を分担し、村の不安を吸い上げていった。



「なぁ……封律より、あいつらの方がまだ味方っぽいよな……」


そんな囁きが、村の片隅でじわじわと広がっていく。


"支配"とは強制ではなく、人心を掌握するところから始まる。


その基本を、カリム一派はよく心得ていた。


夕暮れが迫る頃には、物陰で小さく頷く若者が三人。


薬を握りしめた子連れの母親が一人。


"もし彼らについていけば……"と迷い始めた眼差しが、あちこちに生まれていた。



静かな侵食は、すでに始まっていた。



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