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第78話 封律の鈴


石畳の細道を折れた先、小さな井戸の前で立ち止まったティナは、ふと口を開いた。


「やっぱり、変だよ……あの人たち」



「村人のことか?」


グレンナが振り返る。



「うん。なんていうか、話し方が"揃いすぎてる"の。別の家に行っても、質問への答えが同じ。抑揚も似てるし……まるで誰かに"こう言うように"指示されてる感じがする」



「思い込みの共有、あるいは浅い思考誘導……か」


マリスが低く呟いた。


「規模からして、個人の力ではない。結界そのものが関与している可能性がある」



全員が沈黙する。



異様な"同期"がこの村に蔓延している。


それが自然に根ざしているのか、それとも誰かの"演出"なのか、判断がつかない。



そんな中、マリスがぽつりと呟いた。


「それに……おかしいと思わないか?」



「何が?」


ティナが眉をひそめる。



「私たちには、まったく影響がない。村の誰もが"同じ景色"を見ている中で、私たちだけが違和感を抱いている。理由があるとしたら、何だろう?」



その問いに、誰も即答できなかった。


だがグレンナがふと、視線を斜め下に向ける。


「……エルナ。彼女、最近よく私たちの側に来るよね。さりげなく触れてきたり、視線を合わせたり。……あれ、何かしてないかな?」



マリスも小さく目を細めた。


「そういえば、先日私が頭痛を訴えた時、"軽く調整します"って、何か光を……」



「癒しの類に見せかけて、誘導している可能性もある」


ティナが冷たく言った。


「このまま彼女の術に染められていくんじゃないだろうか」



静かな、だが確かな疑念が場に落ちる。


その時、風が吹き抜けた。



どこか遠くから、鐘のような音がかすかに聞こえた気がした。


光也だけが、その音にふと眉を寄せた。



「……いずれにせよ、急がなきゃ。長く留まれば留まるほど、俺たちも……変わるかもしれない」


そう告げる光也の声は、どこか焦燥を帯びていた。




——魂は律を外れ、記憶は封じられ、再び“過去”が動き出す。









――王都地下・封律神殿 儀礼層


静寂の中、黒衣の封印官たちが整列していた。


彼らが手にしているのは"魂震結晶"と呼ばれる封印道具。


世界の理と魂の位相を繋ぎ、律の外にある存在を強制的に切り離すための媒体だ。



石の床に刻まれた古式の結界紋が、じわじわと起動を始めていた。



「第一目標、光也。第二目標、ディアル領域結界の核。副次目標、魂柱構造の回収」


指揮官が命令を読み上げるたび、淡い光がひとつずつ術具に宿ってゆく。



「理に抗う魂が存在する限り、我らはそれを律に還す。それが我ら封律議会の務めだ」


誰に教わったわけでもなく、全員が同時に、重々しく頷いた。





再び、鏡面の間。


誰もいない議場の中央に、ハルヴァンがひとり立ち尽くしていた。



「……もし、かつての彼らに、もう少しだけ耳を傾けていれば。理に溺れず、信じるということを、我らが忘れていなければ……」


彼はそれ以上、言葉を続けなかった。



静かに、もう一度、白銀の鈴が鳴った。


それは、「再び理を正すための時が来た」という、宣告の音だった。



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