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第59話 崩れゆく橋と、揺るがぬ想い


ようやく対岸に渡りきったとき、光也の前には震える小さな背中があった。



「大丈夫。今、助けるから」


そう言って手を差し伸べると、少年は涙をこらえながら頷いた。



魔獣は子どもに牙を剥きかけたが、光也の気配に気づくと目を光らせた。



「くっ……!」



光也は子どもを抱え、背中を向けて覆う。


逃げ道は、ひとつしかない。



魔獣が牙をむいた――その瞬間。



「閃光!」



谷の向こう、崖上からマリスの魔法が放たれた。


炸裂する光が、魔獣の目をくらませる。



「今だ、走れ!」



ティナの声が響く。



「怖くない……怖くないから、一緒に帰ろう!」



光也は子どもを抱え、揺れる橋を走った。


恐怖が背を押す。


崩れそうな板の上を、転がるように走る。



「もう少し、もう少しだけ……!」



その瞬間、魔獣が吠え、吊り橋へと飛び込んだ。



ズシン!



重みで橋が大きく揺れ、縄がギシギシと音を立てる。



「やべぇぞ、マリス! 魔獣が橋を!」



ギシ、ギシィ――。



軋む音が、耳の奥を刺すように響いていた。


吊り橋の板は悲鳴を上げ、両側の縄が大きくたわんでいる。



「あと……少し……!」



光也の腕にしがみつく小さな手の震えが伝わる。


橋の終端、わずか数メートル先で仲間たちが手を伸ばしていた。


グレンナが縄を掴み、歯を食いしばって耐えている。


マリスが低く声を張り上げる。



「来い! 光也、あと三歩だ!」



だがその瞬間――



バキンッ!!


乾いた音が弾け、吊り橋の片側の支柱が根元から砕けた。


光也の足元が浮き上がる。


縄が切れ、吊り橋の半分が崩れ落ち、二人の身体が宙を舞った。



「光也ああああああ!!」



「ティナ、今だ!」



「いっけえええぇぇぇっ!!」



放たれたロープが風を切り、揺れる二人の体を正確に捉えた。



ガシッ!



衝撃で身体が引き戻され、二人の軌道が変わる。



だが――



「このままだと、崖に……ぶつかる!!」



ティナの叫びに重なるように、エルメラの声が震えながら響いた。



「《癒しのコクーン》っ!!」



空気が軋み、魔法陣が二人の進行方向に広がる。


淡い光が展開し、柔らかく揺れる繭のような魔法障壁が形を成した。



ズシャッ!!



光也と子どもは、魔法の繭に突っ込むようにぶつかり――


ふわりと、まるで空気に包まれるように速度が緩められた。



「引き戻す! グレンナ、加勢!」



「任せろおおおお!!」



ロープを軸に、ふたりの身体が宙を舞い引き戻された。



倒れ込む光也。


小さな子どもが、震えながらもその胸にしがみついていた。


泥にまみれた光也が、咳き込みながらも必死に子どもをかばうように起き上がる。


「……痛たた……でも……無事……?」



「えぐっ、うう……ありがとう、お兄ちゃん……」


子どもがわっと泣き出し、光也の胸にしがみついた。



次の瞬間には、仲間たちが駆け寄っていた。


「光也っ!!」


グレンナが膝をつき光也の肩を抱き寄せ、マリスはすぐさま周囲の安全確認に入った。


ティナは肩で荒い息をしながらも、ロープを巻き取りつつ安堵の笑みを浮かべている。


「まったく……よくやったわね、あんた……!」



最後にエルメラが静かに二人に手を伸ばした。


その掌には淡い光が灯っている。


「よかった……間に合って……!」



光也は泣きじゃくる子どもの頭を優しく撫でながら、小さく呟いた。



「……怖かった。でも、あの時……手を伸ばさなかったら……きっと、もっと……」



ティナが静かな声で言った。



「その手を、ちゃんと掴んだんだよ。あんたがね」



風が谷間を吹き抜けた。


崩れた吊り橋の残骸が、音もなく谷底へと吸い込まれていく。



グレンナがぽつりと漏らした。


「行ってどうするって思ったけどさ……あいつが動かなかったら、あの子は死んでた」



マリスは少し目を細める。


「……命を救うのに、スキルの有無は関係ない。あれが、それを証明したわ」



ティナもまた、光也の背中を見つめながら言った。


「守られて当然の子じゃない。……守りたくなる子、なのよ。あいつは」



その場にいた全員が――


光也の行動が、誰かを救っただけでなく、自分たちの心も揺り動かしたことを確かに感じていた。


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