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第53話 微かな風を追って


花の香りが、まるで別れを告げるように消えていく。


光也は最後にもう一度だけ石台を見たが、そこには何の変化もなかった。



足音を立てぬよう慎重に、ルミナリスの一行は横穴へと進んでいった。洞窟の道幅は狭く、岩肌が肩をかすめるたび、ひやりとした冷気が肌を撫でた。



「ティナ、風の流れは?」



マリスが囁くと、ティナは目を細めて洞窟の空気を味わうように鼻を鳴らした。



「……間違いない。このまま北西に緩やかに登ってる。外気じゃないけど、湿度が少しだけ違う。出口に繋がってる確率は高いと思う」



「よし。慎重に進むぞ。万が一、魔物の巣に出る可能性もある」



「やめてくれ……さっきので心臓縮んだばっかりなんだから……」



グレンナがため息混じりにぼやきながらも、大盾を前に構えて進む。


エルメラは、まだ顔色が冴えなかったが、光也の隣にしっかり立っていた。


ときおり魔力の小さな波動が彼女から溢れる。


回復は進んでいるようだ。


光也はというと、未だ胸の奥に残る違和感を言葉にできずにいた。



祭壇で見た“影”の祈り、それが何を意味するのか、なぜ自分にだけ見えたのか。問いは尽きない。


けれど――


(……今は、生きて、地上に戻る。それが先だ)


そう心に決め、仲間たちの背中を見据えながら足を進める。



数分ほど進んだ頃、前方の視界がゆるやかに開けた。



「……分岐点。三方向に通路がある」



ティナが立ち止まり、指でそれぞれの道を示す。


右は下り坂になっており、水の流れる音がかすかに聞こえた。


おそらく地下水の溜まり場。


左は湿気が強く、風の流れもほとんど感じられない。



「中央。ここだな」



マリスが確信を持ったように言う。



「登ってる。壁の苔も乾き気味だ。風が通るのは間違いなく中央だ」



「こっちからも変な匂いはしないし、魔物の気配もない。行くなら今のうちだね」



ティナの報告に、全員が同意する。光也も拳を小さく握って頷いた。



「……出口、見つけよう」





登り坂は、思ったより長かった。


天井も低く、ところどころで屈まなければ進めない場所もある。



しかし、次第に風が強くなる。空気に混じる湿り気が、次第に“地上の空気”へと変わっていく。



「……あれ、見て」



エルメラがぽつりと言った。


その指差す先。


――黒い岩肌の間に、淡く光る“縦の線”があった。



「……外光!」



マリスの声が少しだけ高くなる。


グレンナが走り出し、大盾で岩を押し広げるようにこじ開けた。


ザラリ――と岩が崩れ、日光が差し込んだ。



「っはぁあ、眩しっ! ……でも、これでようやく外だな」



グレンナが嬉しそうに笑う。


そこは、山肌の断崖に開いた小さな裂け目だった。


気をつけてよじ登れば、すぐに外へ出られそうだ。



「光也、先に」



マリスの指示で、光也が一番にその裂け目を登る。


岩の縁に手をかけ、太陽の光をまともに浴びた瞬間、彼は思わず目を細めた。



「……ああ、風が……」



それは、温かかった。


冷たくない、世界の風。


続いてグレンナ、ティナ、マリス、最後にエルメラが這い出て、五人全員が地上に戻ることができた。



「ここ……斜面の裏手か。もう少し歩けば、獣道に戻れる」


ティナが周囲を確認しながら言う。



「時間は……午後も後半ってところかしら。予定より遅れたけど、無事ならそれでいい」



マリスの言葉に、皆が頷いた。



光也は地面に腰を下ろし、青空を見上げた。


ほんの少し、白い雲が浮かんでいた。


(あの洞窟。祭壇の跡、そして……影)


何もかもが夢のようだった。


けれど現実だ。


確かに、自分は“そこ”にいた。


そして彼らは、再び歩き出した。



地上に出てしばらく歩き、ようやく元の獣道に戻った頃。


グレンナが、ふと立ち止まって眉をひそめた。



「……そういやさ、私たち……馬車、置いてきたよな」



「!」



全員が固まる。



「そうだ……!」



ティナが青ざめた顔で頭を抱える。



「馬……逃げてないといいけど」



エルメラが不安げに呟く。



マリスはすぐさま地図と方位磁針を取り出し、地形を確認しながら言った。



「ここが斜面の北側なら、転移前の位置までは、ぐるっと回って数時間か……」



「戻ろう。馬車がなきゃ、この先ディアルまで歩くことになる」



光也が真顔で言うと、グレンナが思わず吹き出した。



「お、らしくなってきたじゃねぇか。……よし、行くか。馬たちが呑気に草でも食って待ってると信じてな」



マリスも頷いた。



「慎重にね。あの場所はまだ完全に安全とは限らない」



「了解〜。じゃ、馬回収ミッション発動だね!」ティナが軽やかに歩き出す。




そして再び、五人は歩き出した――今度は、馬車を迎えに。


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