第51話 仲間たちの反応
「誰かいたの? 魔物? それとも……精神系の攻撃?」
最初に声を発したのはティナだった。
岩場を軽やかに駆け寄り、光也の肩に手を添えながら、周囲を素早く見渡す。
目は鋭く、獣の気配を探るときのような真剣さがあった。
「……いない。気配はない。でも……空気が、一瞬変だった」
ティナの眉が寄る。
警戒を解かないまま、彼女は光也の顔を覗き込んだ。
「見たの? 何か。誰かに、攻撃された?」
「幻覚か……? あの突進で頭、打ったんじゃないのか」
グレンナが腕を組み、洞窟の壁に背を預けながらぽつりと呟いた。
けれどその目は、冗談を言っているわけではなかった。
純粋な懸念と、わずかな不信が入り混じっている。
「落ち着いて。まずは、詳細を聞こう」
マリスの声が、空気を整えた。
冷静な声。
戦場で幾度も聞いてきた、判断を下すための指揮官の声音だった。
「見えたもの、聞こえた言葉、感じたこと。順を追って話してくれる?」
光也は、まだ自分の胸の内に残っている震えを自覚しながら、静かにうなずいた。
「……うん」
その声は、かすかに掠れていた。
「僕にしか、見えてなかった……みたい。みんなには見えてなかったよね?」
「うん、誰もいなかった」ティナが即答する。
「……岩壁が、揺らいで。そこから、黒い影が現れたんだ。人の形だった。でも、輪郭がぼやけてて……男か女かも分からなかった。ただ、見られているって分かった」
「声がしたんだ。"魂の秩序、ここに在らず"って……」
一瞬、沈黙が落ちた。
光也は続ける。
「まるで……僕が"ここの人間じゃない"みたいに。"理の外に立つ者"だって……言ってた。僕の魂は"書かれていない頁"で、でも"もう書き終えられた章"だって」
言葉を選びながら、ひとつひとつを繰り返す。
頭の中に焼きついたように離れない声。
それをなぞるように。
「誰だか分からない。でも、最後に"観測は完了した"って言って……"次は、接続"って」
今度は、仲間たちが沈黙する番だった。
エルメラが、ゆっくりと膝を寄せるように光也の隣に座った。
その目には驚きもあったが、それ以上に、真剣な優しさが宿っていた。
「……怖かったよね。でも、大丈夫。」
彼女の声は、小さいけれど澄んでいて、洞窟の闇に静かに染み込んでいった。
「……ますます謎めいてきやがったな、お前」
グレンナがぼそりと漏らす。
「元の世界から来たってだけでも厄介なのに……今度は"理の外"だとよ。何なんだよお前……」
だがその口ぶりには、どこか諦めにも似た苦笑が混じっていた。
「記録しておこう。何がどこで起きたか、できるだけ正確に。……後で整理する」
マリスは腰のポーチから小さな革表紙の手帳を取り出すと、さらさらと何かを書き始めた。
「こういう現象は、後から意味が見えてくることがある。断片でも残しておくべきだ」
「本当に魔物じゃないの……?」
ティナの声は、今度はほんの少しだけ震えていた。
普段の彼女らしからぬ、不安の色が垣間見えた。
「……でも、光也が嘘をつくようには見えなかった。それに……この洞窟、最初から変な感じだったもん。空気が、どこか"よそ"みたいで」
光也は黙って、彼女たちの顔を見渡した。
目の前の四人は、それぞれに反応は違ったけれど——
確かに、彼の言葉を受け取ってくれたのだと分かった。
あの"誰にも届かないような声"を、少なくともここにいる誰かが信じてくれる。
それだけで、胸の奥にある重みが少しだけ和らいだ気がした。
「……ありがとう」
誰に向けてともなく、彼はそう呟いた。
その言葉に、エルメラがふわりと微笑み、グレンナがわざとらしく顔を背け、ティナが小さくため息をつき、マリスが手帳を閉じて立ち上がった。
「……じゃあ、進もうか。出口は、まだ先だ」
岩の間から流れ込む風が、先へと続く道を示していた。
そして、その道の先には——
光也がまだ知らない"真実"が、静かに待ち受けていた。




