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第5話 抗う者の誓い

荒んだ空が悲鳴をあげるように雷を落とし、一瞬で空気が冷え込んだ。光也の周囲だけ時間が止まったかのように、音が消え去った。



世界が息を潜め、ひとりの少年を見つめていた。



自宅の前に崩れ落ちた家の影。血と泥にまみれた服、濡れた前髪から落ちる水滴。足元に散らばる割れたガラスの残骸。



その中心で、光也はただ立ち尽くしていた。



震える拳を静かに握り締める。




――バチッ。




その瞬間だった。右手の中心から、ほのかに青白い光が滲み出た。焚き火の最初の灯のように、不安定で儚く、それでも確かに"そこにある"光だった。



彼は気づかない。



けれど、空気が――歪んでいた。



彼の周囲だけ、雨が届かない。まるで目に見えない結界が張られているかのように。濡れるべきものが濡れず、落ちるはずの雫が宙で止まり、音もなく消えていく。



「……こんなにも、俺に力があって……」



光也の声が絞り出すように漏れる。



「なのに……守れなかった。家族ひとつ、守れなかった……!」



叫ぶこともできず、膝をつくこともできず、彼は拳を握りしめたまま空を睨んだ。だが――その眼にはもう、絶望ではなく光が宿っていた。深い怒りと、焦げつくような決意が。




雷鳴が空を裂く。



稲妻が彼の背後を染め上げ、少年のシルエットが闇の中に浮かび上がる。雨粒が、その姿を境に跳ね返り、空間が小さく振動した。



「もし……この世界が、この悲劇を……許すというのなら……」



ひとつ、息を吐く。



「俺はその世界に――抗ってみせる」



その言葉と同時に、彼の右拳から発せられた光が再び一瞬だけ強く輝いた。風が逆巻き、彼の髪を舞い上げる。まるで、彼の内に眠る何かが目覚めようとしているかのように。



地面に滲んでいた血痕が、静かに雨に溶けていく。だが、それは忘却ではない。




それは、誓いの始まりだった。



「もう誰も……俺の前で泣かせない」



握った拳に、光がにじむ。消えそうなその光に、しかし迷いはなかった。



「俺が、すべてを守る――それが、この手に残された意味だ」




空が、再び泣き出す。



だがその涙は、少年のものではなかった。


もう、彼はただの"天才"ではない。



――それは、"世界を変える者"としての、最初の夜だった。









『剣の理を読む者』



畳の上に、湿った汗の匂いが満ちていた。



静かな空気の中、木刀を握る手が小さく震える。光也は道場の中心に立っていた。竹の天井から差し込む光が、彼の頬を淡く照らしている。



周囲には道場の生徒たち。誰もが、異様な沈黙の中で彼を見つめていた。




――ほんの数日前に入門した彼は誰にも話しかけず、誰とも目を合わさず、ただ黙々と「型」を繰り返した。



一晩に何百回も面を打ち、息が切れても構え直す。眠気で座り込んでも、すぐに立ち上がる。


誰よりも無言で、誰よりも速く成長した。



四日目には稽古試合で連戦連勝。入門歴の長い上級者を相手にしても、一太刀も受けずに勝利する。


そして――今日。ついに、道場の「神棚」として語られる存在、元全国王者・片桐浩然が姿を現した。



「……一度、やってみるか?」



その言葉に、道場全体が凍りついた。



現役時代、誰も彼に勝てなかった。今は指導者として静かに暮らしているが、立ち会いを願う者は後を絶たない。だが、すべて断ってきた。



それが、今。無名の少年に――?



「お願いします」



光也は、わずかに頭を下げる。その声に感情はなく、まるで機械のように丁寧で冷静だった。



互いに間合いを取り、構えに入る。


静寂。



そして――



一合目。



風が動いた。否、「そう感じた」だけだった。刹那、打突の音。


片桐の面が静かに揺れる。観客たちは何が起きたのか理解できず、ただ息を呑む。



片桐は目を細めて呟いた。




「……一本」




再び間合い。竹刀を握る指に力が入る。片桐の動きが変わる。今度は本気だ。



二合目。



その一瞬を、誰も捉えられなかった。



片桐が構えを整えた「そのとき」には、すでに胴を打ち抜かれていた。打突音は、まるで一拍遅れて届いたように響いた。



「見えたか……?」



「いや……わかんない……」



誰かの小さな声が、道場の奥で震えていた。



三合目。



さすがの片桐も先に動く。鋭く踏み込み、面へと竹刀を走らせる――が、その刹那、彼の腕が止まる。


打つよりも早く、光也のコテが決まっていた。



完勝だった。



道場は水を打ったように静まり返る。


やがて片桐は、微笑を浮かべたまま竹刀を降ろし、ゆっくりと口を開いた。



「……『見る』んじゃないんだな。お前は、『読む』んだ」



その言葉に、光也は無言で一礼した。勝ってもなお、誇らしげな顔などしなかった。ただ淡々と、次の稽古に戻ろうと背を向ける。



だが、その背中には確かに何かが宿っていた。


技ではない。才でもない。


それは、ただひとつ――「決意」。



「もう、失いたくないんだ。強くなるしか……ないんだ」



光也の心の奥底に、誰にも触れられない炎が灯っていた。



それはまだ、青く冷たい。けれど、いずれ――世界を焼き尽くすほどの熱を宿す焔になる。


かつて天才と呼ばれた者が、もう一度「剣」を抜いた――。


彼はただ強くなりたいわけではない。誰かを守るために、剣を学んでいる。


無言の努力と、決して揺るがぬ意志。今回の話では、それが少しずつ“目に見える力”となって現れ始めました。


次回以降はストイックに強さを求めて成長していく光也の姿が描かれます。


毎朝6時に投稿していきます。

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