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第25話 叱責と帰還


「まさか……! 俺に……スキルが……?」



期待――その感情が心の底から湧き上がった。ようやくこの世界が自分を認めた。


戦える力を与えてくれた。そう思った。だが、その刹那、希望を冷たく裂く声が背後から降ってきた。



???(凛とした声)


「――違うわ。それはあなたの力じゃない」



その声に、光也の全身が凍った。


ゆっくりと振り向くと、木立の間からフィオナが姿を現していた。


その後ろには武装した兵士たちが静かに並んでいる。


まるで演劇の幕が下りるように、現実という舞台が目の前に突きつけられた。



一人の兵士が手を差し出していた。


掌には淡く揺れる魔法陣の残光――先ほどのバリアと同じ、青白い光がまだ残っている。



兵士の一人がやや恐縮しながら


「……姫様の命により、後をつけさせていただいておりました。先ほど展開したのは、私の防護魔法です」



言葉が出なかった。



光也はただ、その光を見つめていた。まるで自分の中の火が、ひとつずつ消えていくようだった。



「……俺の力じゃ……なかったのか……」



木剣を握る指から力が抜ける。


握っていた剣が地面に落ちた。乾いた音が心の奥底まで響く。


肩がゆっくりと沈み、頬を伝う汗が落ち、目が虚ろに揺れた。



信じていたものが崩れていく音がした。


自分の力を信じていた。武道の技術。努力。誇り。


だが、この世界ではそれだけでは通用しないと思い知らされた。



スキルがなければ、命さえ守れない世界。


光也は膝をついたまま、顔を伏せた。誰の視線も感じなかった。


ただ、地面の匂いと風の冷たさだけが、確かな現実だった。


そして、静かに足音が近づいてくる。



フィオナだった。


だが彼女は何も言わない。ただ、光也の前に立ち、じっと見下ろしていた。


光也はその視線に気づきながらも、顔を上げられなかった。


声を出せなかった。


崩れた自尊心は、まだ言葉にならなかった。




静まり返った森の空気は、まるで時が凍りついたかのようだった。


風の音も、小鳥のさえずりも途絶え、ただ木々の葉の微かな揺らぎだけが、静寂の中にひっそりと存在していた。


その中を、フィオナが音もなく歩いてくる。


背筋を伸ばし、王女としての威厳を纏った姿。その足取りには、どこか怒りを秘めた硬さがあった。



光也は地面に膝をついたまま、顔を上げられずにいた。


土に汚れた手、膝、そして剣――すべてが、自分の無力さを物語っていた。



「スキルもない、戦闘の訓練も不十分。それなのに――一人で森に入った?」



その声は、怒鳴るでもなく、むしろ静かだった。


しかしだからこそ、凍てつくような冷たさが全身を包み込む。心の芯を突き刺す言葉には、優しさの欠片もなかった。



「ただの無謀よ。無謀と勇気を履き違えている」



その目は、感情を閉ざすかのように淡々としていた。


それでも、光也には痛いほど伝わってくるものがあった。


唇を噛む。声にならない想いが喉の奥に詰まる。


それでも、絞り出すように呟いた。



「……俺だって……やれるって……思ってたんだ……」



頼りない声。自分でも嫌になるほど弱々しい。


だが、それが今の自分の精一杯だった。



フィオナは一瞬だけ目を伏せた。そのまなざしに、何かが微かに揺れる。


しかしすぐに、それを押し殺すように言葉を続けた。



「思うのは自由。でも――死ねば、何も残らない」



その一言が、鋭く胸を裂いた。


刃のような正論。反論できない。悔しさが熱くこみあげる。


拳を握る。震える手を止められない。


自分は、何もできなかった。


ただ、守られただけ。無様に倒れただけ。



「……!」



兵士が一人、フィオナの指示に従って近づいてきた。



光也の腕をそっと取る。拒む気力はもう残っていなかった。


まるで壊れ物のように扱われる。


それが、余計に悔しかった。







森の外れに控えていた馬車が見える。


陽が沈みかけ、森の影が長く伸びていた。


その中を、静かに歩かされる光也。周囲の騎士たちは淡々と警戒を緩めない。


まるで囚人の護送のようだった。



馬車の扉が開き、光也は中へ促される。何も言わずに乗り込む。言えることなどなかった。


馬車の中は薄暗く、窓から差し込む朝日が床に一筋の光を引いていた。


隣に座った騎士は、ちらとも彼を見ない。ただ、守るようにそこに座るだけ。


馬車がきしみ、ゆっくりと動き出す。


車輪が湿った地面を転がり、木々の間をすり抜けていく。



光也は視線を落とし、そっと太ももに手を当てた。


布越しに触れた肌は、もう痛みを感じない。


けれど、あの青白い光の感触が、まだ残っていた。


ぬくもりにも似たその魔法の余韻が、皮膚の奥に染みついて離れない。



(バリアの感触……まだ残ってる)


(……結局、"守られた"だけだったんだ)


(俺は、何もできなかった。何も……持ってない)



拳を握る。



だが、その拳は膝の上でただ震えているだけだった。


森での敗北。一撃で壊れた誇り。そして、自分の力ではなかった現実。


そのすべてが、光也の心を沈めていく。



外の景色がゆっくりと流れていく。


それはまるで、今日の挑戦が終わったことを告げているようだった。


小さな振動と、車輪の音だけが響く。


そして馬車は、静かに、確かに――彼を現実へと運んでいた。


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