第203話 光也、ついに動く
親衛隊の盾が割れ
最後の一人が回収された。
その瞬間
封律兵たちの喉から吠えるような雄叫びが上がった。
「勝ったぞォォ!!」
鉄の音が跳ね
魔術が火花のように散り
狂気に染まった笑いが戦場に満ちる。
フィオナは静かに剣を握り直した。
唇が震え、喉が詰まる。
(……もう、後ろはない……)
彼女の背後にはすでに誰もいない。
親衛隊はすべて倒れた。
──その時
光也が
ゆっくりと
本当にゆっくりと顔を上げた。
風が止まり
朝の光がその頬を斜めに照らす。
何の気迫も
何の魔力の膨張もない。
ただ
静かに立ち上がっただけ。
それなのに
封律兵たちは一瞬息を止めた。
理由は誰にも分からない。
ただ、直感が警鐘を鳴らした。
“この男が動いたら、何か取り返しのつかないことが起きる。”
光也はそのままヴェスタンへ向けて歩き出した。
足元の砂がかすかに鳴るだけ。
怒号も叫びもない。
ただ歩く。
その“静けさ”が逆に戦場全体を締め付けた。
しかし、ヴェスタンは後ずさるどころか
口の端を上げて笑い始めた。
「来るか、英雄ごっこの理外者よ!」
笑いは狂気と勝利の確信に満ちていた。
「ここでは誰も死なぬ!
お前の力など、全部空振りよッ!」
封律兵たちが同調するように笑い声を上げる。
「そうだ! 無駄なんだよ!」
「死なぬ以上、恐れる理由などない!」
光也は一歩、また一歩と近づき——
その場で立ち止まると小さく息を吐いた。
そして
低く、淡々と言った。
「……そうか。やっぱり気づいてたんだな。」
風が止まった。
笑っていた封律兵たちの顔が
次々と強張っていく。
フィオナは息を呑み
光也を見つめたまま動けなくなった。
(……気づいていた……?)
光也は視線をヴェスタンから逸らさず
静かに言葉を続けた。
「“死を拒む結界”が張ってあることに。」
戦場全体が、音を失った。
封律兵たちの動きが止まり
フィオナは震える手で胸元を押さえる。
「う……そ……」
そしてヴェスタンが一拍だけ沈黙し
ふっと笑う。
その笑いは
もはや隠す気のない狂気そのものだった。
「気づかぬ方がおかしかろう。
この村は──“死にすら拒まれる地”だ!」
狂った勝利宣言が
明け方の戦場に響いた。
そして
光也は小さく首を傾けた。
その仕草は静かで
けれど確かな“終わり”を告げるものだった。




