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第19話 居場所なき者

王城・大広間の空気は、祝祭のごとく沸き立っていた。


金の冠を戴く老王の代理として、文官が一人ひとりの名を読み上げるたび、転生者たちの顔には希望が灯り、周囲の者たちがそれを祝福する。



「カナエ・タカハシ、特別魔術師団へ――」



端整な顔立ちの少女が、ぱっと表情を輝かせた。魔法大臣のもとへと小走りで駆け寄ると、拍手が巻き起こる。



「アレン・クドウ、王立剣士学院へ――」



銀髪の少年が凛と頷き、周囲の貴族たちの拍手に応えた。すでに剣士の風格すら漂わせている。


未来が、確かにそこにあった。この異世界においても、彼らには"居場所"が与えられていく。


名が呼ばれるたび、誰かが前に進み、誰かが笑み、誰かが差し出した手を受け取る。



だが――



その流れは、唐突に、途絶えた。



「……コウヤ・アマギ。処遇未定。“待機”とする」



一瞬、間が空いた。


大広間全体が、まるで時が止まったかのように静まり返った。


そして、その静寂を破ったのは――冷たい、嘲笑の声。



「待機……だと?」


「そりゃそうだよな。戦力ゼロのスキル無しだぜ?」


「居場所なんてあるわけないじゃん。足手まといなんだから」



"希望"に染まっていたはずの空間が、たった一人の名前を境に空気を一変させた。



光也は、壇の隅に立ったまま、静かに拳を握りしめていた。俯くでもなく、怒るでもなく、ただ――そこに存在していた。


誰も彼に近づかない。近づく理由も、求めるものも、この場にはなかった。


スキルを持たず、魔力も感じられず、戦士の才もなければ、政治の知識もない。



"外れ枠"――今やその言葉が、彼の肩書となっていた。



文官は、軽く咳払いをして、次の手続きへと移った。光也の名前が、まるで最初から存在しなかったかのように。


彼はもう、配属者の列からも、目に見えない境界線で切り離されていた。


(……"待機"。つまり"不要"ということか)


心の中で、その言葉が浮かんでは沈んでいく。



周囲では、配属先の決まった転生者たちが新たな仲間と語らい、貴族たちが契約書を交わし、未来への歯車が回り始めていた。



その中心に、光也の居場所はない。


沈黙の中で、ただ独り。



"この国にとっての意味"を持たない少年が、静かに立ち尽くしていた。



そのとき――ふと、何かに気づいた。


"視線"だ。


何かが、いや、"誰か"がこちらを見ていた。


ぞわりと、背筋を撫でるような感覚。


(……誰だ?)


訝しむように目だけを動かす。



華やかに囲まれた転生者たちではない。


議論に没頭する貴族たちでもない。


玉座のすぐ横、深紅のカーテンを背に立つ、


長く金色の髪を垂らす少女――王女フィオナ。



彼女だけが、こちらを見つめていた。


その瞳は、冷たくも、静かでもなかった。


むしろ……強く、何かを試すような光を宿していた。



だが、光也はその真意を読み取れない。


(……また、睨まれているのか)


彼は思わず目を逸らし、歩き出した。


足音が、異様に遠く響く。



大広間に、重く静かな気配が落ちた。


浮かれていた貴族たちも、冷笑を浮かべていた高官たちも、


老王が立ち上がる気配に、思わず姿勢を正す。



玉座の階段を一歩一歩降りながら、王は目を閉じていた。


その姿には、誰よりも静かで、誰よりも威厳があった。


だが――その沈黙が、なぜか光也の胸をざわつかせる。


そして、王が静かに口を開いた。



「――"無能"かどうかは、時間が証明するだろう」



一瞬、周囲にざわめきが走る。


それは"庇護"か、"容認"か――誰もが読みきれず、息を呑んだ。


しかし続く言葉は、それ以上に冷たく明確だった。



「だが……我が王国に、余剰な資源はない」



空気が凍った。


老王の言葉は、怒号でも、嘆きでもない。


まるで書類に判を押すように、淡々と、無慈悲だった。



「残念だが、今後の支援は……他と比して抑えざるを得まい」



――それは、決定だった。


議論の余地も、哀れみの隙間もない。


王国という国家が、"光也という個人"に対し、期待しないと告げた瞬間だった。



誰かが息を飲む音が、鋭く響いた。


光也自身も、すぐにはその言葉の重みを理解できなかった。


だが――


その意味が徐々に胸に沈み、血の温度が引いていくような感覚があった。


(……そうか)


期待されないということ。


それは、戦場にも、学舎にも、王都の庇護にも呼ばれないということ。


守られない者。


必要とされない者。



存在の是非すら検討されない者。



王の言葉は裁きではない。


だからこそ、それは誰よりも重く、絶対だった。


ただ静かに、胸の奥で何かが凍りつくような感覚だけが残った。


その中で、光也は小さく息を吸い――かすかに、笑みを浮かべた。


声にならぬ嗤い。



(なるほど。ここが"スタート地点"というわけか)



絶望も、怒りも、まだ形にならない。


けれど、ひとつだけ確かだった。



自分の価値は、誰にも決めさせない。たとえ国王であっても――いや、国王だからこそ。

ご覧いただきありがとうございます。

第19話では、光也の「公式な敗北」――すなわち、王国からの"評価ゼロ"という厳しい現実を描きました。



物語はこれから、彼が「意味のない存在」からどう脱却していくか、どんな関係や運命を紡いでいくのか――その軌跡を描いていきます。


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