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第16話 沈黙と不穏な空気


歓声が止んだ。


熱狂と祝福に包まれていたホールは、何かを察したかのように静寂へと転じた。



「……次、光也殿」



神官の淡々とした声に応え、黒髪の少年がゆっくりと立ち上がった。


その動作には迷いがない。落ち着きと均整の取れた所作だった。



だが、周囲の視線は鋭かった。


無表情。何より、どこか"気配"が異質だった。



「……あれが最後の召喚者か?」


「見たところ、中学生くらいの子供じゃないか……」


「ふむ。だが"時間停止"の後だ。あれ以上は――ないだろう」



幾重もの囁きが重なり、空気をざらつかせる。


光也は、何も気にすることなく壇上を進んでいく。


だが、胸の内は穏やかではなかった。




「さっきの子は"時間停止"か……。


俺に与えられるスキルは、果たして――?」




壇上の中央、《天命の晶球オラクル・スフィア》は、光也の歩みを待っていたかのように淡い蒼光を湛えていた。


光也は静かに手を伸ばす。



――その瞬間、空気が変わった。



晶球がわずかに震え、かすかな振動が壇上の床を伝わってくる。


光也の視界に、無数の文字列と数字が走った。一見すると無意味な羅列だが、どこか意図を秘めているような――まるで、自分を査定している"何か"の視線のように。


老練な神官が静かに歩み出て、儀式を始める。


白衣の裾が床を滑り、祈祷文の詠唱が始まった。



――だが、その口が止まる。



神官の瞳が見開かれた。


手元の杖が小刻みに震える。


そして、唇が何かを形作りかけたが……それは声にならなかった。




「……これは……!? まさか……。だが……ッ!?


……この数値、構造、どれもが……規格外……! まるで、空白だというのに……っ!」




沈黙。



それは歓喜に包まれた先ほどまでとは一変した空気。


貴族席にいた者たちが、ざわ――と小さく揺れる。



「なにか起きたのか?」


「様子がおかしい……」


「まさか、また"唯一スキル"か……?」



ざわめきは低く、しかし確実に広がり、重たく空間を支配していく。


神官は口を開きかけては閉じ、眼前の晶球を見つめたまま声を失っていた。



――それは歓喜ではない。




玉座の老王が、僅かに身を乗り出す。


フィオナが眉をひそめ、唇を結ぶ。


誰もが、そこに何か"異様なもの"の存在を感じ取っていた。



《天命の晶球》はなおも淡く脈打ち続けていた。




だが、それ以上の変化はない。



蒼白に揺れる光は、まるで"何もない"という事実を告げるかのように、空虚な鼓動を繰り返すばかりだった。


神官は震える指先を制御できなかった。


手にした杖をかろうじて握ったまま、彼は唇を噛みしめるようにして顔を伏せた。


そして、数拍の沈黙の後――ようやく、口を開いた。



「……鑑定結果――」「スキル、"無し"……空欄です」




――全ての音が止まった。




観覧席の貴族たちも、玉座の重臣たちも、壇上に並ぶ神官たちも。


誰もが耳を疑ったように固まっていた。


声にならない動揺がホール全体を覆い尽くす。



「……え?」


「……今、なんて?」


「……スキル……ない……?」



空気が凍りついた。


先ほどまで熱狂の坩堝だった祝祭の空気が、たった一言で粉々に崩れ去る。



《天命の晶球》が蒼い光を収め、光也の目の前に幻影のようなステータス画面を浮かび上がらせた。それは、誰の目にもはっきりと見える内容だった。




【ステータス:コウヤ・アマギ】


- 【スキル】:該当なし

- 【筋力】:C

- 【魔力】:D

- 【器用】:D

- 【耐久】:C

- 【運】:E

- 【特性】:なし




数値が一つ一つ、静かにホールに突きつけられる。淡々と、冷酷に、事実だけを示して。


誰かが小さく息を呑んだ。


そして、すぐに――その衝撃が、さざ波のように広がっていく。



「……な、何かの間違いでは……」


「いや、だが……"特性"すら……?」


「ステータスも平均以下……どういうことなのだ……?」



誰もが理解できなかった。いや、理解したくなかったのだ。


"召喚された者"は、この世界において"祝福されし者"であり、"未来を拓く者"でなければならない。


それが、まさか――スキルすら与えられていないなどと。



玉座の上、老王の表情が曇る。


それまで静観を貫いていた重臣の一人が、密やかに誰かへと囁きかけ始めた。


光也は、掲げられたままの自分のステータスをただ見つめていた。


平凡どころか、欠落すら感じさせる数値。


スキル欄には、ただ一言――



《該当なし》



"ない"ということが、これほど重く、これほど異様なものとして映るとは、思いもしなかった。



(……スキルも、特性もない。

……俺は、この世界に何一つ"意味"を持っていない、ということか)



その事実を前にしても、彼の顔には、驚きも焦りもなかった。


ただ、微かな疲労と、予感めいた沈黙が、彼の内側に広がっていた。


そしてこの瞬間から、


"スキルを持たぬ者"という烙印が、光也に刻まれた。


だが同時に、それが後に語り継がれる異端の英雄譚の幕開けであったことを、この時誰も知る由もなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


第16話、いかがでしたでしょうか。


――タイトルに堂々と「僕だけスキルがない」と掲げている以上、光也にスキルが「無い」ことは、もはやネタバレ以外の何ものでもないのですが……。


それでも、彼が壇上に立ち、晶球に触れ、あの沈黙の中で「該当なし」と告げられるまでの過程――その空気、緊張、居たたまれなさを、少しでも「肌で感じて」いただけていたなら、作者としては嬉しい限りです。



なぜ彼だけスキルがないのか?


本当に何も「持っていない」のか?


彼に刻まれた"空白"は、やがて何かを意味するのか?


どうか、"スキルを持たぬ少年"の行く末を、これからも見届けていただけたら嬉しいです。


次回も、よろしくお願いします。


毎朝6時投稿です。

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