第15話 王女フィオナ
鑑定とは、世界が個人に刻んだ運命を映し出す鏡――。
人の価値が、可視化される。それは祝福であり、呪いでもある。
神聖なる大ホールに集う若者たち。
希望と緊張が交錯する中で、《天命の晶球》が告げるのは、才能の序列――そして、選ばれし者の証。
だが、その視線の奥には、言葉にできぬ何かが揺れていた。
王女の視線、祝福の光、唯一無二の名――
「……なるほど、あの"鑑定石"が情報抽出の媒体か。
魔力反応でスキルを可視化している? いや、それにしては反応が速すぎる。
となると――」
考えは尽きない。
この世界の論理、その"根底"にある何かを、彼は無意識に探っていた。
そのとき、肌に微かな圧を感じた。
視線だ。
何気なく首をめぐらせると、視線の主と目が合った。
玉座の脇に佇む一人の少女。
十代後半か。少女の輪郭を持ちながらも、その立ち姿は成熟した騎士のように揺るがない。
装いは宗教画の聖女を思わせる気高さを帯びていた。
王女フィオナだった。
だが、印象よりも先に――その眼差しに光也の意識は釘付けになる。
睨んでいた。
露骨な敵意ではない。
ただ、確かに感じる"棘"のようなもの。
アメジストのような瞳がすっと細められる。
敵意とは違う――拒絶と、観察と、不信が混ざったような目。
「……あれ? 俺、なんかしたか?」
思い返す。
無礼を働いた覚えはない。口すら利いていない。
けれど、この"明確な視線"は偶然ではなかった。
彼女は、自分を見ていた。
まるで、見定めるように。
まるで、知っているかのように。
けれど、何も分からない。
少女の意図も、その視線の意味も。
だから光也は、静かに視線を外した。
厳かな空気の中、鑑定の儀が始まる
白亜の王宮、そのさらに奥に広がる大空間――神聖儀式専用の大ホール。
天井はまるで天空のように高く、柱には古代語の祈祷文が刻まれていた。
壁際のステンドグラスには神の奇跡が描かれ、朝の光を受けて虹のような彩りを床に投げかけている。
中央に鎮座するのは、半透明の球体――《天命の晶球》
人の背丈ほどもあるその球体は、淡い蒼の光を灯しながら、静かに空中に浮かんでいた。
まるで脈打つ心臓のように。
それはこの世界で神の意志を代行する"鑑定の器"であり、魂に刻まれた才能と力を顕現させる存在とされていた。
光也はその場に佇んでいた。
前方の玉座には老王が厳かに座し、その傍らには先ほどの少女――王女フィオナの姿があった。
観覧席には装飾豊かな衣装の貴族たちが熱い眼差しを壇上に向け、側近の神官たちは手慣れた動きで儀式の段取りを進めていた。
ホール全体を包むのは、張り詰めた期待と神聖な緊張。
まるで空気そのものが見えない糸で引き締められているかのようだった。
名を呼ばれた若者が一人、壇上に上がる。
白いローブの袖を震わせながら、おずおずと《晶球》へと手を伸ばした。
瞬間、球体の中に淡い光が灯り、空中に文字列が浮かび上がる。
「スキル:火焔の矢/評価:C+」「副次スキル:耐熱体質(低)」
その声は誰も発していないのに、すべての者の意識に直接届くような明瞭さで響いた。
場内がどよめく。
中堅級のスキルに貴族の一人が小さく拍手し、神官の一人が控えめに頷いて「合格」と告げた。
続いて、二人目、三人目――
スキルには個性と格差があった。「剣術強化」や「聖なる加護」のような実用的なものから、「小動物との親和」や「薬草探知」といった補助的なものまで。
貴族の子息らしき少年が「雷撃術・初級」のスキルを示すと、場内から一斉に感嘆の声が上がった。
「……見せ物だな。だが、面白い」
「"才能"が可視化されるというだけで、ここまで人は高揚するのか……」
「それに、あの晶球……ただの魔力感知ではない。もっと深層を探る機構がある」
光也は目を細めた。
ただ観察する者の目だった。
感情も嫉妬も恐怖も、どこか遠くに置き去りにして。
やがて、神官の一人が一歩前に出る。
光也の番が、近づいていく。
*
《天命の晶球》の蒼光が、再び静かに脈打つ。
壇上に呼ばれたのは、明るい茶髪の少年。年の頃は十七、十八。
緊張した面持ちで、胸に手を当てて一礼し、静かに晶球に手を差し出す。
その指先が球に触れた瞬間――光が爆ぜた。
ホール全体を照らすような、赤き閃光。
「スキル:火焔神術 / 評価:S」
表示されたその一文に、会場は一瞬沈黙した。
次の瞬間、雷鳴のような歓声が湧き上がる。
「うおおおっ!!」
「伝説級だ……!」
「Sランク、本当にSだぞッ!」
ざわめきは止まらず、貴族の一部は歓喜のあまり立ち上がり、拍手を送る者もいた。
壇上の神官が目を見開いたまま、「記録……記録を急げ!」と叫ぶ。
老王も片眉をわずかに上げ、口元に笑みを浮かべていた。
次なる者が呼ばれる。
長身で、気品ある佇まいの少年。
彼もまた、晶球へ手を翳す。
今度は、白銀の光がふわりと舞い、空中に一行の言葉が浮かぶ。
「スキル:聖剣召喚 / 評価:S」
「おおお……!!」
「聖属性だぞ、聖属性! 教会も動くぞ!」
興奮は次第に熱狂へと変わりつつあった。
神官団の一部が顔を見合わせ、「この者は騎士団に優先紹介せねば」と小声で相談を始める。
王女フィオナも、わずかに目を見開いていた。
だが、すぐにその瞳を伏せ、静かに呼吸を整える。
次に呼ばれたのは小柄な少女。青みがかった黒髪を揺らし、静かに手を差し出した。
晶球は一度、明滅したかと思うと、突如――沈黙した。
何も起こらない。誰かが息を呑む。
だが次の瞬間、世界が凍りついたような気配のなか、無音の衝撃が走った。
「スキル:時間停止 / 評価:――唯一スキル」
一拍の静寂。
神官長が目を見開いたまま、ゆっくりとその場に膝をつく。
「奇跡です……」
その言葉が、まるで鐘の音のように響いた。
周囲の神官たちも次々に跪き、貴族たちは我先にと少女に目を向けた。
「唯一スキル」とは、この世界にその人間ひとりにしか宿らない特異な力を意味する。
神話に語られる「神の指名」とすら言われる能力。
ホールは、もはや祝福と歓喜の渦に包まれていた。
まるで神聖なる祭典、祝福の宴。
空気が、光が、すべてが「選ばれし者たち」を祝福していた。
――だが、その中心には、まだ呼ばれていない者がいた。
白いローブに身を包み、無言で様子を見つめる少年。
その瞳は、熱狂の只中にありながらも、ただ冷静にすべてを見ていた。
名を呼ばれる、その時を――静かに、待ちながら。
ご覧いただきありがとうございました。
この第15話では、物語の大きな節目となる「鑑定の儀」を描きました。
「才能が可視化される」という設定の中で、人の期待、落胆、驚嘆、そして畏れが浮き彫りになる様子を意識して構成しています。
次回、いよいよ彼の番――
その瞬間、世界はどんな「真実」を突きつけるのか。
続きもぜひお楽しみに。