第14話 召喚と使命
荘厳な沈黙の中、老王が静かに立ち上がった。
年老いてなお背筋は伸び、堂々たる風格を漂わせている。
その衣には金糸で王家の紋章が施され、肩には獅子の毛皮を思わせる重厚なマントがかかっていた。
王が玉座の前に一歩踏み出し、その口を開いたとき、空間の空気が震えた。
「――皆の者」
低く、よく通る声だった。それは強さではなく"責任"の重みを帯びていた。
「汝らは今より、我がアスラリア王国が神託により選びし、異界よりの来訪者――すなわち、"勇者"である」
ざわ、と。
王の言葉が玉座の間を駆け巡った。
光也を含む白いローブの若者たちが、互いの顔を見合わせる。
誰もが現実感を失っていた。
「この世界は、今、滅びの渦中にある。
瘴気に蝕まれた大地、理を乱す魔物、崩れゆく神殿――
もはや我らの力だけでは、立ち向かうことはできぬ」
王の言葉には虚飾がなかった。
国の頂点に立ちながら、世界の破滅を語るその目に、偽りは一切なかった。
「されど、神は我らを見放されはしなかった。
神託は告げたのだ――
『異界より才ある魂を招き入れよ。その者たちこそ、新たな秩序の始まりとなろう』と」
一人ひとりに視線を向けながら、王は続けた。
「汝ら十余名、いずれも特異なる"魂の紋"を有しておる。
この世界の理に従えば、汝らは必ず"何らかのスキル"を備えているはず」
光也はその言葉に、思わず拳を握った。
スキル。
それがこの世界における"力"の象徴なのだろう。
「これより、スキルの鑑定を行う。
各人の適性、能力、そして宿命を明らかにし、王国はその力に応じた道を用意する所存である」
騎士の一人が一歩前に出て、静かに告げた。
「お一人ずつ、神前へお進みください。
精霊石に手をかざせば、魂が持つ"紋"を読み取り、真名とスキルが顕れます」
そのときだった。
光也の思考が冷静さを取り戻した。
(なるほど……これは"異世界召喚もの"のテンプレートだな)
(勇者召喚、世界の危機、固有スキル。)
(けど――これはもうフィクションじゃない。現実だ)
(なら、問題は一つだけ)
「――俺が、この世界でどこまで通用するかだ」
不安もある。恐れもある。
けれど、それ以上に、心の奥に宿った炎が光也を突き動かしていた。
ここはもう、帰れない世界。
ならば、自分はここで、"自分の生きる意味"を見つけるしかない。
列の中、静かに順番を待ちながら、光也はひとり考えていた。
白いローブの裾が揺れる。ホールの空気は荘厳で、神殿のような神聖さを孕んでいる。
だが、心の奥では、冷めた眼差しが世界全体を見つめていた。
(“スキルの鑑定”か……)
スキル。異世界の力。
彼らの言葉から察するに、それはこの世界における“強さ”の絶対的指標なのだろう。
けれど。
「……正直、俺にとっては、ただの“追加設定”にすぎない」
思い返す。
前世――その記憶は薄れず、いまだ彼の中に脈打っている。
武術。己を極限まで鍛えた日々。
心理学。人の心を読み解き、言葉の裏に潜む真意を見抜いた感性。
学問。論理と思考を鍛え、幾度となく理論で壁を越えてきた実績。
「この身には、すでに“技”がある。
道場で極めた感覚、護身術、筋肉の動き、相手の重心……
それだけじゃない。目線、呼吸、沈黙――心の隙間すら読める」
スキルという言葉にすがるつもりはない。
たとえ“鑑定結果”が貧弱でも、構わない。
むしろ、“スキルがなくてもやれる”と証明してみせるだけだ。
だが。
その内心には、ひとつだけ、拭えぬ感覚が渦巻いていた。
「……けど、だからこそ怖い」
この世界には、“スキル”という自分には未知のロジックが存在する。
この世界には、“魔法”という理解不能な原理が支配している。
この世界では、“現実”と“物語”の境界線が、曖昧だ。
彼の知識や経験は、すべて“前の世界”の法則に基づいていた。
その法則が、ここでも通用するとは限らない。
人知を超えた力、理不尽な支配、魔物や瘴気――
いずれも、論理では太刀打ちできないかもしれない。
「俺は強い。だけどそれは、あの世界での話だ。
ここでは……俺はまだ、ただの“裸の子供”かもしれない」
不安。
それは弱さではない。
むしろ、自信と知識を持つ者だからこそ、自分の“無力”を認める恐怖を知っている。
――だが、だからこそ。
その恐れを飲み込み、踏み出すことができる。
「未知の世界か。いいだろう」
列の先頭が動いた。
スキル鑑定が進んでいく。
他の若者たちは驚き、あるいは落胆し、ざわめきが絶えなかった。
光也は目を細めた。
その姿勢は、一見すると静かに見えたかもしれない。
けれど内側では、獣のような思考と研ぎ澄まされた感覚が、世界全体を分析し続けていた。
――来いよ、この異世界。
俺は、もうとっくに“覚悟”はできてる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回の話では、ついに“異世界のテンプレート”とも言える「スキル鑑定」の場面へと突入しました。
光也が、異世界の理不尽とどう向き合い、どう成長していくのか。
次回も、どうぞよろしくお願いいたします。