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第133話 炎の中の集結


村の至るところで炎が咆哮していた。


赤々と燃え盛る火に呑まれながら、人々は声を振り絞る。



「どうしてだ……!」


誰かが泣き叫ぶ。


「俺たちはただ……静かに生きたいだけなのに!」


燃え落ちる家々。


その光の中で、抱き合う親子、手を伸ばし合う仲間の姿が、次々と影となって消えていく。


彼らは「理の外」で息をつこうとしただけだ。


争いも、権力も、望んでいなかった。


それなのに、「理」という名の刃が、再び彼らを断罪していく。



光也は幻視の只中で立ち尽くしていた。


声をかけても届かない。


手を伸ばしても触れられない。


だが確かに——その炎の熱が肌を焼くように感じられた。


耳を裂く悲鳴が、自分の心臓を掴むように響く。



「これは……」


光也の拳が震え、力なく握り締められる。


「理から外れた、それだけで……なぜこんなにも踏みにじられるんだ……!」



幻視だとわかっていても、光也は今、確かに炎に包まれていた。


それは過去の光景であると同時に、自らの現在へ突きつけられた問いのように迫ってくるのだった。



炎の地獄のただ中で、リーダー的な男は必死に仲間を呼び集めていた。


肩に深い傷を負いながらも、その腕にはなお石板が抱かれている。


血に濡れた顔を上げ、燃え盛る光の中で声を張り上げた。


「——術ではもう守れない!」



駆け寄った術者たちが、悔しげに拳を握る。


結界は破られ、炎は止められず、どんな呪文も圧倒的な力の前に無効化されていった。


若者たちも剣を折られ、母たちは子を抱えて震えている。



「だが、まだ終わってはいない」


男は荒い息を吐きながら、仲間たちを見回した。


「術も剣も敵わぬのなら……最後に残るのは、俺たちの祈りだ」



言葉は、燃え盛る轟音の中でも確かに届いた。


絶望に押し潰されかけた人々の瞳に、かすかな光が揺らめく。


「静かに生きたいと願ったあの日のように。あの祈りを……今ここでひとつにするんだ」



光也は幻視の中で、その声が自分にまで届くのを感じていた。


それは絶望の淵にあってなお、最後の希望へと導こうとする響きだった。




村はすでに炎に呑まれていた。


木造の小屋は崩れ、果樹は赤い火の花を咲かせるように燃え落ちていく。


黒煙が谷を覆い、息を吸うだけで喉が焼ける。


その中で、生き残った人々は最後の望みにすがるように走っていた。


集落の中央、石台のある広場へ——そこしかもう残されていない。



衣は焦げ、皮膚は裂け、血と涙で顔を濡らした人々が次々と集まってくる。


子を抱きかかえた母親は、胸にしがみつく小さな体を守ろうと必死に身を縮める。


剣を折られた戦士は片腕を押さえ、赤い滴をこぼしながら仲間を支えて歩む。


老学者は杖を手放し、肩で息をつきながらそれでも広場を目指してよろめく。



燃え盛る炎を背にしながら、彼らは石台を見上げた。


そこにまだ“救い”が残されていると信じるかのように。



炎の赤が石台を照らし出す。


その前に、リーダー的な男と数名の仲間が立った。


彼らは既に全身傷だらけで、髪も衣も煤にまみれていた。


それでも、その目だけは強く、周囲の絶望を映しながらも揺るがなかった。



男は深く息を吸い、震える声で口を開いた。


「……術ではもう、守れない。加護も……剣も……すでに意味を失った」



人々の間に沈黙が走る。


泣き声も嗚咽も、炎の轟きに呑まれて遠のいていく。


男は血に濡れた手を広げ、石台を示すように言葉を続けた。


「今、残されたのは……俺たち自身の祈りだ」



その隣で、仲間の一人がすすり泣きをこらえながら前に出る。


震える唇から零れた声は、炎の夜を切り裂くように響いた。


「二度と見つからない場所を……。誰にも奪われない世界を……」



その願いは、人々の胸の奥に眠っていた叫びを呼び覚ます。


すすり泣きが次第に声となり、祈りの合唱となって重なった。



「子どもが……明日を迎えられる場所を……!」


「静かに……生きられる世界を……!」



涙と声とがひとつになり、燃え盛る炎の轟音を越えて、谷を満たしていった。



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