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第132話 封律議会の襲来


その夜、谷は月明かりに沈んでいた。


人々が眠りにつき、火の灯りも消えかけたその時——森の奥から低く地を踏み鳴らす音が近づいてきた。


ガシャン、ガシャンと響く金属の重い足音。


やがて木々の間から黒鉄の鎧に身を包んだ兵たちが現れる。


手に掲げた松明が赤々と揺れ、炎の列が闇を割って谷へと流れ込む。



彼らは整然と動き、声ひとつ発さず村を包囲していく。


逃げ場を与えぬよう、獲物を狩るように。


その後方には、冷ややかな影の一団が控えていた。


術師たちだ。


符を広げ、地に陣を描き、淡い光を走らせながら、谷を見下ろす眼差しは一片の情もなかった。


まるで、これから燃やし尽くす村人たちが最初から「人」として数えられていないかのように。



やがて、先陣に立つ指揮官が歩み出た。


黒い羽根飾りの兜を被り、松明の火に照らされた顔は冷徹に固まっている。


彼は低く、しかしはっきりと響く声で告げた。



「——理に背いた者どもは赦されぬ。ここに潜む異端を……一人残らず討ち滅ぼせ」



その瞬間、谷に潜んでいた死の気配が一斉に牙を剥いた。



一斉に弦が鳴った。


森の縁から放たれた火矢が闇を裂き、赤い軌跡を描いて飛ぶ。


次の瞬間、乾いた木造の小屋が燃え上がった。


枯れ草に火が移り、炎はたちまち村を呑み込んでいく。


轟音とともに屋根が崩れ、立ち昇る黒煙が夜空を覆った。



「母さん!」


「こっちだ、走れ!」


子どもの悲鳴、家族を呼ぶ声が、燃え盛る音の中にかき消されそうに響く。


人々は戸口から飛び出し、必死に互いを探し合った。



若者たちは勇気を振り絞って武器を手に取った。


だが錆びた剣も粗末な槍も、黒鉄の鎧には歯が立たない。


打ち込んだ刃は弾かれ、逆に盾で押し潰される。


鎧の兵たちは冷徹に隊列を崩さず、機械のように村人を叩き伏せていった。



さらに術を使える者たちが立ち上がり、結界を張り、火を鎮めようとする。


だが封律議会の術師が冷笑を浮かべ、符を操った。


村人の術はことごとく無効化され、力を返すようにして撃ち倒される。


一人、また一人と崩れ落ちていく。



「なぜだ……!」


術者の叫びは、炎と煙と鉄の足音にかき消されていった。


谷に築いた安息の地は、一夜にして地獄へと変わろうとしていた。


炎は容赦なく村を呑み込み、人々を追い詰めていった。



子を抱いた母親が必死に走る。


熱気にあえぎながらも、小さな体を腕に抱きしめ、必死に出口を探す。


だが崩れ落ちた梁と燃え盛る炎が行く手を塞ぎ、逃げ場は閉ざされていた。


母は震える声で子を宥めながら、背を盾にするように立ち尽くす。



「早く——逃げろ!」


老人が仲間に背を押されながらよろめき走るが、力尽きて地に崩れ落ちた。


抱き上げようとした若者が手を伸ばした瞬間、黒鉄の刃が振り下ろされる。


血が砂を濡らし、叫びは炎に呑まれた。



リーダー的な男は必死に石板を抱えて走っていた。


刻まれた知識だけは、絶やしてはならない。


燃やされればすべてが終わる。


肩を撃たれて血を流しながらも、男は歯を食いしばり、その重みを手放さずに走り続けた。



その足元で、神の加護なき子が石につまずいて倒れる。


あまりに脆く、立ち上がる力さえ残っていない。


刹那、仲間がその上に覆い被さり、迫る刃をその身で受け止めた。


血飛沫が舞い、子は震える手で必死に目を覆った。



それでも——守りきれなかった。


次々と命が奪われ、炎に呑まれていく。


谷に築かれた小さな楽園は、一夜にして地獄と化し、村人の半数以上が倒れていった。



絶望の叫びが夜空に響き、星明かりさえ煙にかき消されていた。



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