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第13話 異変と転生

意識がほどけていく感覚。

それは死でも眠りでもなく――ただの"始まり"だったのかもしれない。


感覚が削がれ、名前のない空間に沈むとき、光也は「選ばれた理由」にまだ気づいていなかった。


誰が、何のために、どこへ。


……その答えは、白く閉ざされた世界の向こうにあった。








何もない。







そう思った。


でもそれは、"目を閉じている"からではなかった。



目を開けている――その感覚すらあやふやなのに、視界は真っ白だった。



重さがない。


手足の輪郭もない。


呼吸をしているのか、心臓が動いているのかすら分からない。


ただ、"意識"だけがぽつりとこの空間に浮いていた。



音も風も存在しない空白。



だが、次の瞬間、その静寂を破るように――視界に淡く、淡く、光の文字が浮かび上がった。




《転生対象選定中……》


《魂の構成比率:人類準拠……》


《倫理制御領域チェック:正常》


《移送先:仮想生態世界群-ノヴァスフェラ》






それは目で見ているのではなかった。


脳に直接、"言葉"の概念が流れ込んでくる感覚。


言語の壁を超えた、むき出しの意味の奔流。


浮かんでは消えていく光の文字。



青白く、時に金色に輝きながら、規則もなく漂っている。まるで夢の中のデジタルアートのようだった。



(なんだこれ……情報? いや、"誰か"が……俺を見ている……?)



その瞬間、自分が"死んだ"という確信が湧いてきた。


でも、恐怖はなかった。


それどころか、不思議なことに――今は"穏やか"だった。


落ち着きすぎている。



現実感が剥がれ落ちたこの世界で、自分はただ"観測されている"。



(……なるほど、これが"あの世"というものか?)



光也の意識がそう呟いた直後。


また新たな光が、空間全体に広がった。




《魂の転送処理開始》


《初期記憶の一部ロック》


《転送先データ同期中》




空間がほんの僅かに揺れる。


光也の身体のない"何か"が、波のような感触に包まれていく。



重力とは異なる引力――



誰かの手に導かれ、深い底へと沈んでいくような感覚。


そのとき、空白の空間の片隅で、かすかな"声"が響いた。



???

「――選んだのは、あなた」



男とも女ともつかない、言語とも感情とも異なる響き。


だが確かに、それは"自分"を見つめていた。



そう、自分という存在を「必要とした誰か」がここにいた。



光也は、その言葉に応えるように、意識の奥で静かに頷いた。


何も分からないまま、それでも「行く」と決めた。



気づけば、空間全体が淡い光に満ちて――そして、視界が崩れた。



音も、匂いも、感覚も、一斉に押し寄せてくる。


身体の存在を取り戻すように、全身に圧力と冷気と刺激が走り抜ける。


――そして、光也は目を開いた。


世界は、既に変わっていた。







光が差し込んでいた。


色とりどりの光――赤、青、金、翡翠。


それは天井近くのステンドグラスを透過し、広大な空間に神聖な輝きを投げかけていた。



意識が現実に引き戻されたとき、光也は自分がどこに立っているのか理解できなかった。


見上げれば、高すぎるほどの天井。


左右にはずらりと並ぶ大理石の柱。


床は磨き抜かれた黒の御影石で、雲一つない湖面のように澄んでいた。



音はほとんどなかった。


静寂の中、騎士たちの鎧が微かに鳴る金属音と、遠くで燃える香の煙が揺れる音だけが存在していた。



(ここは……教会? いや……まさか、宮殿……?)



そう思った瞬間、視線の先――その空間の最奥に、それはあった。



玉座。



漆黒の大理石で組まれ、金の装飾が縁を囲む豪奢な椅子。その背には王家の紋章、燃え上がる双頭の獅子が刻まれていた。



そこに座るのは、白銀の髭を蓄えた壮年の男――王だった。


威厳そのものような視線が、まっすぐこちらを見据えていた。



そして、その隣。


まるで光そのものを纏ったような少女が、ひときわ静かに、しかし凛として立っていた。


その金色の髪は腰まで流れ、肌は雪よりも白く、瞳は深いアメジストのような紫。


周囲のどんな装飾よりも、彼女自身が空間の中心だった。



――王女フィオナ。



彼女がふと、こちらへ視線を向けた。


冷たくも、どこか憂いを帯びたまなざしに、光也の呼吸が止まった。



(……美しい、なんて言葉じゃ追いつかない……)



だが、すぐに別の違和感が押し寄せてきた。


自分の身体だ。


見下ろすと、胸元から足先までを包む真っ白なローブ。


肩口には見慣れない文様が刺繍され、素材も軽く、どこか神聖な気配すらあった。



(服……変わってる? いつの間に……それに体も小さくなってる?)



隣を見ると、同じようなローブを着た若者たちが数人――いや、十人ほど立っていた。


全員が同じように戸惑い、困惑し、呆然としていた。


目を合わせようとしても、誰もそれどころではないという様子で、視線を宙に漂わせている。



周囲には、荘厳な装束に身を包んだ貴族たちが列をなして並んでいた。


誰もが静かに、しかし好奇と期待を混ぜ合わせた視線をこちらに注いでいる。


何が起きているのか分からない。



だが、光也は直感していた。


これは――「何かの"始まり"」なのだと。


この場に、自分は"目的を持って"呼ばれたのだと。



空間に、王の重々しい声が響いたのは、そのすぐ後だった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

光也が"扉の向こう"へと一歩を踏み出すまでの物語が、ようやく一区切りを迎えました。



14話以降は、新たな世界での光也の"生き方"が問われていく章となります。

彼がこの世界で何を見て、誰と出会い、何を選ぶのか。


その旅路を、これからも共に見届けていただければ嬉しいです。


次回も、よろしくお願いします。

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