表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/139

第128話 唯一の存在


重苦しい空気が支配する中、誰もが言葉を失っていた。


結界は一歩たりとも近づくことを許さない――それが、全員の身をもって理解した答えだった。


だが、その沈黙を破ったのは光也だった。


彼はぎこちなく息をのみ、足を前に出した。


「……僕が……やってみます」



仲間たちの視線が一斉に集まる。


無茶だ、と止める間もなく、彼はすでに一歩踏み込んでいた。



次の瞬間――何も起きなかった。



「……え?」


光也自身が最も驚いた顔をした。


あの圧倒的な拒絶も、壁のような力も、彼には何一つ触れてこない。


まるで供物台そのものが、光也の存在を「認識していない」かのように。


石床を踏む靴音だけが静かに響き、彼の体はすんなりと前へ進んでいく。



「な、なんだと……!」


グレンナが目を剥き、思わず立ち上がった。


マリスも呆然と呟く。


「圧が……消えている? いいえ、消えてない。私たちには確かにある……なのに、どうして光也だけ……」



ティナは目を細め、呼吸を忘れたようにその背を見つめていた。


エルメラは両手を胸の前に重ね、祈るように彼を追う。


光也の手には、イルセから託された護符が握られていた。


だがそれは必要なかった。


護符を使わずとも、彼の歩みを阻むものは何もない。


供物台は、彼を拒絶しない。



いや――最初から存在すら感知していないかのようだった。


静寂の中、光也だけが、誰も近づけない「最後の供物台」へと歩み寄っていった。



光也が台座の目前に立った瞬間、沈黙していた空間が震えた。


漆黒の供物台を走る光脈が一斉に輝き、淡い青白の光が絡み合いながら天へと昇っていく。


床に刻まれた古代文字が次々と光を帯び、空間全体が星空のように瞬いた。



拒絶ではなかった。


それは、まるで――ずっと待ち望んでいたかのような応答。


光也の周囲だけが柔らかな輝きに包まれ、重苦しい圧力は完全に消えていた。



彼は呆然と立ち尽くし、胸の鼓動だけを聞いていた。


仲間たちは息を呑む。


あの供物台が、あの結界が、彼にだけは拒絶を示さない。



むしろ、彼を歓迎するように光を解き放っている。



「……やはりだ」


低い声が響いた。ミロシュのものだった。


「この結界は、すべてを拒絶する。生あるものも、死せるものも、等しく。だが――光也は、そもそも“この世界の支配下にない”。」


言葉を区切るたびに、皆の背筋が震えた。


「だから……関知されない。供物台に触れられる、唯一の存在なんだ」



光也は振り返った。


仲間たちの驚愕と畏怖の入り混じった眼差しが、自分を見つめている。


だが自分には何も分からない。


ただ――供物台が温かく呼吸するように輝き、手を伸ばすのを待っていることだけが分かった。


光也は、ただ立ち尽くしていた。


目の前で脈打つ供物台――漆黒の石は、今や生き物のように呼吸し、青白い光を吐き出している。



「……俺が……?」


思わず呟く声は、誰に届くでもなく、虚空に溶けていった。


仲間たちの視線が背中に集まる。


その重みを感じながらも、光也は小さく息を吸った。



震える手を、ゆっくりと前へ。


指先が石の冷たさに触れた瞬間――


――ドゥン……ッ!


空間全体が脈動した。


壁も、天井も、地の底までもが共鳴するように重厚な振動音を響かせ、光の奔流が供物台から迸る。


それは拒絶ではなく、呼応だった。


荘厳な光に包まれながら、光也は悟った。



——ここにあるのは、村の心臓。


そして、自分だけが触れられる唯一の場所。



「……これが……」


彼の声は震えていたが、その眼差しは確かに前を見据えていた。


仲間たちは誰一人言葉を発せず、ただその光景を見守るしかなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ