第124話 新たな問題の発生
夜の帳が村を覆い始めていた。
蝋燭の明かりが揺れる部屋に、戦いを終えたばかりの仲間たちが集まっていた。
封律議会との死闘から間もない。
誰の顔にも疲労の色が濃く、重苦しい沈黙が漂っていた。
最初に口を開いたのはティナだった。
フードを下ろし、手帳を広げると淡々と報告を始める。
「市場の物価が急騰しています。塩漬け肉も干し魚も先月の倍です。武具を扱う露店も異常に増えていました。……しかも、買い占めているのは特定の集団です」
淡々とした声の奥に、確かな危機感が潜んでいた。
次にグレンナが大きな腕を組み、低い声で続けた。
「飲み屋で耳にした噂だ。反対派の連中が姿を消しているらしい。『裏手の倉庫に連れて行かれた』という証言もあった」
その言葉に場がざわついた。
グレンナは笑みを浮かべながらも、瞳は鋭く光っていた。
エルメラはそっと両手を膝の上で握りしめ、ためらいがちに語り始めた。
「診療所でも……怪我人が増えていました。皆、同じような切り傷や打撲で。でも、誰も何も語ろうとしないんです。まるで何かに怯えているように……。それに、ある患者さんが『反対派の人たちがいなくなった』と……」
声は震えていたが、その瞳は真剣だった。
ティナ、グレンナ、エルメラ。
三人の情報が一つの線に繋がると、空気はさらに重くなった。
ミロシュは長く息を吐き、鋭い視線で机を見据えた。
「物資の独占。反対派の拘束。そして村人の沈黙……」
言葉を切り、唇を強く結ぶ。
「……間違いない。カリム一派が裏で糸を引いている。奴らはこの村の結界を——乗っ取る準備をしているんだ」
その声に、誰もが息を呑んだ。
わずかに揺れる蝋燭の炎が、影を濃くし、不穏な未来を映し出していた。
重い沈黙が流れた後、誰からともなく諦めの声が漏れた。
「……やっと封律議会を退けたばかりというのに」
その言葉が、皆の胸に重くのしかかる。
懸命に戦い抜いた末にようやく掴んだ安堵感が、今まさに崩れ落ちていくような感覚だった。
グレンナが拳を机に叩きつけた。
「ふざけやがって……!」
豪胆な彼女の怒りに満ちた声が、部屋の空気を震わせる。
緊張感が高まる中、ティナは静かに手帳を閉じ、懐から折り畳んだ地図を広げた。
「反対派の者たちが消えた。監禁場所は――おそらくここだ」
指先が示したのは村の裏手にある古びた倉庫。
表通りから離れ、普段は人目につかない場所だった。
地図を見つめる一同の間に緊張が走る。
そのとき、マリスが眉をひそめて口を開いた。
「あの倉庫の近くで、奇妙な目撃情報があった。そこに……イルセの姿を見た者がいるらしい」
その名が口にされた瞬間、場の空気が凍りついた。
蝋燭の炎さえ小さく震え、影が壁に揺らめく。
「イルセさんが……監禁されているんですか?」
エルナが声を上げた。
その声は震えていたが、瞳には揺るぎない光が宿っていた。
小柄な身体を抱きしめるように腕を組み、必死に恐怖を押し殺しながらも、決意を示す声だった。
彼女の胸にあるのはただ一つ――
「もし本当に囚われているなら、助けなければ」という強い思いだった。
沈黙を破ったのはミロシュだった。
深く息を吸い込み、険しい表情のまま静かに言い放った。
「……確証はまだない。だが、もし本当なら――見過ごすわけにはいかない」
その言葉に皆の視線が集まる。
疲労の色濃い顔に浮かぶのは、諦めではなく揺るぎない意志だった。
マリスも静かに頷き、凛とした声で続けた。
「結界を守るためにも……そして人としても、イルセを見捨てるわけにはいかない」
その言葉は、重苦しい空気を一掃するようだった。
ティナは地図を畳み、素早く鞄にしまう。
グレンナは拳を鳴らし、エルメラは胸に手を当て、小さく祈るように目を閉じた。
エルナの瞳はまだ揺れていたが、その奥には強い決意の光が宿っていた。
「――行こう」
誰かのその一言に、全員が立ち上がった。
椅子が床を擦る音が重なり、部屋の空気が一変する。
窓の外では、夕闇が静かに村を包み込もうとしていた。
赤黒い空の下、新たな戦いの幕が上がろうとしている。
それぞれの胸に燃える決意を抱き、一同は暗い夜へと足を踏み出した。