第122話 イルセ襲撃
村の広場に、怯えた人々の声が渦巻いていた。
「イルセ様……! 結界は本当に無事なのですか?」
「早く……もっと強く張り直してください!」
「このままでは村が……!」
年老いたイルセは杖を突きながら立ち上がり、群衆を見渡した。
その眼差しは鋭く、声はかすれていながらも力強い。
「馬鹿を言うな。これ以上の力を加えれば逆に歪むのだ!」
だが、恐怖に飲まれた村人たちは耳を貸さなかった。
「ならば、せめて仕組みを教えてください! 私たちも手伝えます!」
「誰かが代わりに維持すればいいのでは……!」
イルセは杖を石畳に叩きつけた。
「黙れ! 結界の仕組みを知れば、いずれ悪用する者が現れる! それはこの村の滅びを招く行為だ! 絶対に教えるものか!」
沈黙が広場に広がった。
村人たちの瞳には、不安と苛立ちが入り混じっている。
「どうして……どうして信じてくれないのですか……イルセ様……!」
誰かがそう呟き、次々と口々に訴えが重なった。
「結界はあなたのものではない! 村のみんなのものだ!」
「今こそ私たちに明かすべきだ!」
押し寄せる声の圧に、イルセの肩が小さく震えた。
(……愚か者どもめ……。だが、これが恐怖というものか……)
その隙を、鋭い視線が捉えていた。
人々の背後に立ち、冷ややかに群衆を観察していたカリムである。
「……やはりな」
小さく呟き、口の端に笑みを浮かべる。
人々の目には"村を導く英雄"のように映りながら――その実、冷酷な支配の手を伸ばしていた。
イルセの叱責は広場に強く響いたが、群衆の不安は収まらなかった。
「……隠しているんだ」
「本当は結界が弱まっているのに、黙っているのかもしれない……!」
「私たちを見捨てようとしているんだ……!」
そんな声が上がり始めた時だった。
人垣の後方から、ひときわ落ち着いた声が混ざった。
「……もし本当に揺らいでいないのなら、なぜ教えてくれないのだろうな」
低く、しかし群衆の耳に確実に届く絶妙な調子。
声の主――カリムだった。
村人たちは一斉に顔を見合わせ、ざわめきが広がる。
「そうだ……もし本当に安全なら、仕組みを隠す必要はないはずだ!」
「教えられないということは……やはり、何かあるんだ!」
カリムはわざとらしく肩をすくめ、あくまで"村人と同じ立場"を装って言った。
「我らが怯えているのを知っていながら、答えを拒む。……それでは誰も安心できまい」
その言葉が、群衆の疑念に火を点けた。
「イルセ様を拘束するしかない!」
「力を隠しているのなら……無理にでも使っていただくしか!」
若者たちが走り出し、老人の身体を押さえつける。
「やめろ! 愚か者ども……!」
イルセは必死に抵抗したが、力は弱く、数の暴力には抗えない。
やがて縄が彼女の手足を縛り、群衆の叫びが広場に木霊した。
「これは村のためだ!」
「恨まないでくれ!」
混乱と自己正当化の声が渦巻く中、カリムは群衆の背後でわずかに笑みを浮かべた。
「……よし。そのまま暴走していけ。後は俺が拾うだけだ」