第120話 罪の意識
ティセルの瞳に光が戻った――その瞬間、救いが訪れたかに見えた。
だが、次の刹那、彼女の表情は苦悶に歪み、喉から獣のような呻きが漏れる。
「……あ……ああああああああっ!」
頭を抱え、膝をつき、石床を爪が割れるほどに掻きむしる。
その全身が、裂かれるような苦痛に震えていた。
「やめろ……やめろやめろやめろ……! 見せるな……思い出させるな……!」
ミロシュが駆け寄ろうとするが、彼女の絶叫に足が止まる。
ティセルの瞳は見開かれ、虚空を睨みつけるように焦点が定まらない。
「……全部……見えていたんだ……!」
「体は勝手に動くのに、心は止められなくて……!」
「仲間を……罪なき人を……斬って、焼いて……その度に……心の奥で叫んでいたのに……!」
言葉は断末魔のように迸り、嗚咽と絶叫が交じる。
「やめろ、と……お願いだ、と……! でも……でも止まらなかった……!」
彼女の細い肩は震え、爪の間から血が滲むほどに床を掻き続ける。
その姿は、見ている者の胸を締め付けるほど残酷だった。
「私の手は……血で……焼け爛れた肉の匂いが……まだ……」
「これは……私の罪……! 全部……私がやったんだ……!」
ミロシュの声が震える。
「違う……! お前は悪くない! 操られていただけだ!」
だが、その叫びは届かない。
ティセルの耳には、彼女自身の慟哭しか響いていなかった。
「違わない! 感じていた……見ていた……それでも止められなかった……! だったら……それはもう……私自身じゃないか……!」
血走った瞳からは涙が滝のように流れ落ちる。
己の中に残っていた“観客としての自我”が、記憶を鮮烈に蘇らせ、彼女を責め立てていた。
その惨状は、見ていることすら耐え難いほどだった――。
ティセルは頭を抱え、叫び続けていた。
「やめろ……! やめてくれ……! 全部、私がやった……! 罪人なんだ……!」
その声は大気を震わせ、聞く者の胸を引き裂いた。
エルナは涙を流しながら必死に共鳴を続けていたが、押し寄せる絶望の奔流に飲み込まれそうになっていた。
「……強すぎる……私では……支えきれない……!」
か細い声で、彼女の心が折れかけていた。
――その時だった。
「ティセル!」
光也の声が戦場に響き渡った。
力強いものではない。震え混じりの、必死な叫び。
だがその言葉は、剣や魔法よりも鋭く、まっすぐにティセルの心へと突き刺さった。
「君は罪人なんかじゃない! 操られていただけだ! ……俺は、君を仲間だと信じてる! ……君は帰ってきていいんだ!」
ただの祈り。
無力な男の、無謀で拙い言葉。
けれど――
空気が震えた。
エルナの共鳴の波に光也の声が重なった瞬間、世界そのものが共鳴したかのように。
ティセルの中で固く閉じられていた「私は罪人」という鎖が、音を立てて崩れ始めた。
ティセルの瞳が見開かれる。
その視界に映るのは、涙を流しながら必死に手を伸ばす光也の姿だった。
「……あ……私……戻って……いいの……?」
「いい! 何度でも言う! 君は仲間だ!」
言葉は稚拙で、力も持たない。
それでも、その祈りは現実を塗り替え、魂に刻まれた呪縛を消し去った。
ティセルの目から、大粒の涙が零れ落ちる。
そして――彼女は崩れるようにして、エルナの胸に抱きとめられた。