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第119話 エルナの共鳴


闇の先に――ティセルが立っていた。


「……ティセル……?」


呼びかける声は震えていた。


かつて共に剣を振るい、幾度も背中を預けた仲間。


その姿が目の前にある。


だが、何かが決定的に違う。


剣を構える所作は淀みなく、瞳には揺らぎが一片もない。


人が持つはずの"気配"が、そこから欠け落ちている。


ミロシュの胸に、重苦しい予感が押し寄せる。

(……まさか。修理されて……再利用されている……?)



その瞬間――。


「察しが良いな、ミロシュ」


振り返ると、ヴェスタンが冷ややかな笑みを浮かべ、両手を広げていた。


「そうだ。ティセルは一度、壊れた。だが我々が"修復"したのだ」


ヴェスタンの声は無機質で、淡々としていた。


まるで壊れた機械を説明するかのように。


「余計な感情や迷いは削ぎ落とし、ただ私に従う存在へと戻した。――それが彼女の"本来あるべき姿"だ」



「……っ!」


ミロシュは息を呑み、拳を震わせた。


怒りと悲痛が胸を焼く。


かつて笑い合った仲間が、ただの"兵器"として語られることに吐き気すら覚えた。


「……それを、"修理"と呼ぶのか……! 魂を壊して従わせているだけじゃないか!」


叫びは反響し、冷たい空気を震わせた。



「ティセル――やれ」


ヴェスタンの低い命令が響いた瞬間、ティセルの身体が弾かれたように動いた。


無表情のまま、一直線にミロシュへと迫る。



「……っ!」


ミロシュは咄嗟に剣を構えた。


鋭い金属音が響き、火花が散る。


一撃ごとに腕が痺れ、体が揺さぶられる。


ティセルの連撃は冷酷そのもので、淀みなく続く。


斬撃、突き、返す刃――休む間もなく襲いかかり、彼の防御を削っていく。



「ぐっ……はぁっ!」


必死に受け止めるが、押し返す力はない。


反撃すれば彼女を傷つける――そのため剣はただ守るだけにしか使えない。



「戻れ……ティセル! 俺は……俺はお前を斬れない!」


悲痛な叫びも届かない。


ティセルの瞳には何の色もなく、感情というものが削ぎ落とされていた。



振り下ろされる一撃――


その瞬間、横合いから奔った魔力の閃光が衝撃を弾き、ティセルを押し退けた。


火花が散り、地面に黒い焦げ跡が刻まれる。



「……っ!? 誰だ!」


ヴェスタンが目を細める。


煙の中から三人の影が現れた。



「やっぱり……単独で来ていたんですね、ミロシュさん!」


光也が駆け寄り、その場に立ち尽くすミロシュを支えるように肩を取る。


戦う力はない――それでも彼の瞳は必死に仲間を見つめていた。



「後は任せてください」


前に出るのはマリスだった。


鋭い視線でヴェスタンを射抜き、詠唱を重ねて魔力を解き放つ。


エルナはミロシュの脇に膝をつき、手から溢れる癒光で彼の傷を塞いでいく。



「……君たち……!」


安堵と悔恨が入り混じった声がミロシュの口から漏れる。



ヴェスタンは冷ややかな笑みを浮かべ、肩を竦めた。


「仲間が揃ったか。――ならば全員まとめて潰すまでだ」



ティセルが無機質な足取りで再び剣を握り直す。


その刃は、かつての仲間へ容赦なく向けられていた。



ミロシュとマリスが前線で奮戦していた。


だがティセルの剣はあまりに鋭く、感情を持たぬ機械のように正確だった。


刃は何度も二人をかすめ、攻め手はおろか防戦も危うい。



エルナは後方から震える手で仲間を見つめていた。

(こんな……止められない……。あのティセルさんが……!)


胸の奥に微かな波が触れる。


言葉にならない、けれど確かに"助けて"と響く声。


それはティセルの内から溢れ出す悲痛な感情の断片だった。


(聞こえる……でも……わたしなんかに……本当に救えるの……?)


小さな肩が震えた。



「エルナさん!」


鋭い声が背後から届く。


光也だった。


戦えぬ彼はただ彼女を見つめ、必死に言葉を紡ぐ。


「あなたならできる! ティセルさんを……救えるのは、あなたしかいない!」



その言葉に、エルナの胸の奥で何かが弾けた。


――わたしにしか、できない?


(……怖い。でも……放っておけない)


エルナは大きく息を吸い、決意を込めて前へ進み出た。


膝をつき、震える手を胸に当て、ティセルへと祈るように声を投げかける。


「ティセルさん……私です!ミオです!子供の頃、私を助けてくれたあの時のティセルさんに戻って!」



瞬間、彼女の内に奔流のような感情が押し寄せた。


絶望、苦痛、怒り、悲しみ――ティセルの押し殺されていた心が、鋭い刃のようにエルナを切り裂こうとする。



「うっ……あぁ……っ!」


思わず声が漏れる。


涙が滲み、呼吸が乱れる。



その時、温かな手が彼女の手を包んだ。


光也だった。


「ひとりで背負わなくていい。俺が……ここにいる」



その言葉と温もりに、エルナの震えは静かに収まっていく。

(……そうだ、わたしは独りじゃない……。みんながいる。だから、きっと……!)


彼女は押し寄せる波を受け止め、優しく返す。


"怖がらなくていい""あなたは帰ってきていい"と、涙混じりの微笑みで。



やがて、ティセルの瞳に揺らぎが生まれた。


凍りついていた光が解け、微かな震えが剣を伝って全身に広がる。


「……ミロシュ……みんな……」


彼女の声は震えていたが、確かに"ティセル自身"のものだった。



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