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第117話 ティセルを探して


夜が村を包み込むと、ミロシュはひとり静かに姿を消した。


街灯のない道を踏みしめ、息づかいすら殺しながら廃墟へと歩を進める。


瓦礫の影から覗いた先に、異様な光景が広がっていた。


崩れた建物の骨組みを利用し、議会軍の野営地が築かれている。


松明が規則正しく並び、炎に照らされた兵士たちの笑い声と鉄の音が響いていた。


ミロシュは低く身を屈め、物音を立てずに移動する。


影から影へと。緊張で喉が乾くのを感じながらも、眼差しは鋭く先を見据えていた。



そのとき、中央の大きな天幕から二つの影が現れた。


一人は、威圧的な存在感を纏う壮年の男——ヴェスタン。


眼光鋭く、兵たちを従わせるその姿は、揺るぎない石柱のようだった。


そして、その横に寄り添うように立つのは——ティセル。



彼女は言葉を発さず、ただヴェスタンの動きに合わせて身を引き、視線を伏せる。


だが、その沈黙と所作は従属ではなく、崇拝に近かった。


彼の言葉ひとつ、仕草ひとつに絶対の意味を見出しているのが、遠目にも伝わってくる。



ミロシュは息を呑む。


あの軽やかな笑みを浮かべていたはずのティセルが、まるで操り人形のようにヴェスタンの影に従っている。


その姿はかえって不気味さを際立たせていた。


——やはり、ここにいたか。


胸の奥で熱くこみあげるものを抑え、ミロシュは闇に溶けるように姿勢をさらに低くした。



松明の炎が風に揺れ、野営地の影が長く伸びていた。


ミロシュは身を潜め、息を殺したまま視線を巡らせる。


ヴェスタンの隣に立つティセル。


彼女の顔をはっきりと見たいという思いだけで、足をわずかに前へと踏み出した。



彼女はさらに一歩下がり、まるで主の影に吸い込まれるようにヴェスタンに寄り添っていた。


声も発さず、ただその背中を守るかのように。



——ティセル、本当に……それでいいのか。


胸の奥でつぶやくように問いかけながら、ミロシュはさらに近づく。


だが、その刹那。


ヴェスタンの首がわずかに動いた。


炎に照らされた横顔の眼光が、暗がりに潜む気配を射抜く。



「……誰だ?」


低く、地を這うような声が空気を震わせた。


ミロシュの背筋に冷たいものが走る。


呼吸を抑えていたはずの自分の存在を、あっさりと見抜かれたのだ。


周囲の兵たちがざわめき、武器を握る音が広がる。


逃げ場はもうない。


ミロシュは歯を食いしばり、闇から一歩、光の中へと姿を現した。



松明の炎が彼の姿を照らし出す。


疲弊した旅装束のままのミロシュが、鋭い眼差しでヴェスタンを見据えていた。



「……やはり来たか」


ヴェスタンは口角をわずかに上げ、余裕すら感じさせる声で言った。


その隣、ティセルは小さく息を呑んだように見えたが、すぐに顔を伏せた。


彼女の視線はヴェスタンの靴先に注がれ、決して別の方向を見ようとはしない。


まるで自分の意志を持つことを禁じられたかのように。



「ティセル……」


抑えきれぬ想いが声となって漏れる。


だが、返答はない。


そこにあるのはただ沈黙と従属だけだった。



ミロシュの拳が震える。


問いは胸の奥で炎となり、今にも爆ぜそうだった。



「ヴェスタン……お前に訊かなければならないことがある」


野営地の空気が一層張り詰める。


兵たちが息を潜め、ティセルの影が震え、ヴェスタンの瞳が獣のように細められる。



こうして、避けられぬ対峙の幕が上がった。



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