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第113話 二度目の集会


夜の広場は、初めての集会のときよりもさらに重苦しい空気に包まれていた。


松明の火が風にあおられ揺れ、地面に伸びる影が不安げにざわめく村人たちの表情を際立たせていた。


子どもたちは母親の背中にしがみつき、若者たちは落ち着きなく足を組み替えている。


まるでこの場で何か重大なことが決まってしまうのではないか——。


言葉にならない緊張感が広場全体を押し黙らせていた。



ぽつり、ぽつりと交わされる声が、夜気の中でささやきのように響く。


「査定が長引いているのは……良くない兆候だ」


「結界が弱まっているって本当なのか……?」


「封律議会に任せて大丈夫なのか……」



その囁きは水面に広がる波紋のように人々の胸を震わせ、不安が互いに伝染していった。


やがて、そのざわめきを断ち切るように、ゆっくりとした足音が広場の中央へと響いた。



松明の炎に照らされて現れたのはカリムだった。


彼の背筋はまっすぐに伸び、その影は長く地面を引き裂くように伸びていた。


背後には部下たちが控え、無言で周囲を見張るその姿はまるで衛兵のようで、彼の威厳をいっそう高めていた。



村人たちの視線が自然と彼に吸い寄せられる。


カリムは群衆を見渡し、しばらく沈黙を保った。



焚き火が弾ける音だけが、妙に大きく響く。


そして数秒後、静かに、しかし重みのある声が夜を切り裂いた。



「……皆、感じているはずだ」



短い言葉。


だが確かな重みを帯びて、集まった者たちの胸に落ちていく。


再び、意図的な間。


誰もが息をひそめ、続きを待つ。



「……封律議会の冷酷さを」



その言葉が落ちると、人々の胸の奥がざわりと波立った。


村人にとって議会は、遠く隔たった場所にある権威でしかなかった。



「彼らは理に従う。冷ややかな数式と規則を盾にして、命の声に耳を貸すことはない」


カリムの言葉は、炎に照らされた夜気を震わせた。


遠い存在だった議会が、次第に村人たちの目に「冷たい監視者」として輪郭を帯びていく。



親が子を抱き寄せる仕草、互いに視線を交わす村人の影。


これらの小さな反応すべてが、「議会は自分たちとは違う」という意識を、無言のうちに形作っていった。



カリムは群衆の反応を確かめるように、一瞬だけ沈黙した。


炎に揺れる影を背にしたその目は、まるで一人ひとりの胸の奥を覗き込むかのようだった。



「封律議会は"理"に従う」


短く重みのある言葉が落ちる。


村人たちの間に緊張が走り、誰かの喉がごくりと鳴った。



「だが我らは"生"に従う」


カリムの声が広場を満たすと、子を抱いた母親が胸を押さえ、老人が杖を握りしめた。


それぞれの命が、そこに確かに存在している。



「理は冷酷だ。生きるための温もりはそこにない」


言葉に込められた断絶は、議会と村人の間に深い溝を描き出した。


溝のこちら側には、火に照らされた顔、共に暮らす隣人の姿、命を守り合う共同体がある。


向こう側には、理不尽なまでに冷たい"理"だけが存在する――そう思わせるほどに。



「我らは共に生きねばならぬ。理の外で。温もりの中で」


その宣言に、誰からともなくうなずきが生まれた。


議会への漠然とした不信が、「彼らは冷たい」「我らは温かい」という単純な構図へと変わっていった。


カリムはそれを見逃さなかった。


両腕を大きく広げ、群衆を包み込むように声を張り上げる。



「我らは理のために生きるのではない!」



広場が震えるほどの声。


母親は幼子を抱きしめ、若者は拳を握りしめた。



「生きるために――理を超えるのだ!」



その叫びは、村人たちの胸に火を点けた。


「我ら」と「彼ら」――温もりある共同体と冷酷な権威。


対立の構図は、もはや誰の心にも鮮明に刻まれていた。



広場を覆う沈黙を破ったのは、しわがれた老人の声だった。


「……だが、議会は理不尽であっても、これまで世界を護ってきたのだ。逆らえば、かえって災いを招くぞ」



続いて、若者が躊躇いながら口を開いた。


「査定を受けていること自体が、安全の証明ではないか? 本当に危険なら、とっくに我らは処分されているはずだ」


その言葉に、群衆の間にわずかな安堵の色が広がった。



だが、その瞬間を見逃さずカリムが一歩前に踏み出す。


「……その考えこそが危険だ」


炎に照らされた彼の横顔が険しく歪んだ。


「議会を信じよと? それはこの村を見捨てよということに等しい!」



ざわりと群衆が揺れる。


すかさず後ろに控えていた部下が、小声で囁いた。


「議会の手先ではないのか……?」



疑念が火花のように走り、異論を唱えた老人と若者へと鋭い視線が集中した。


二人は肩をすくめ、思わず後ずさった。



カリムはさらに声を張り上げた。


「村の未来を願うなら、共に立ち上がるべきだ! 結界を守れるのは、我ら自身なのだ!」



その言葉に呼応するように、群衆の中から声が上がる。


「そうだ! 我らの村を守るのは我らだ!」


「カリム様の言う通りだ!」


声は次々と重なり合い、やがて熱を帯びていった。


部下たちが巧みに同調し、「皆が賛同している」という空気を作り上げていく。



異論を唱えた者たちは押し黙り、孤立の恐怖に声を失った。


広場には、もはや逆らえる余地など残されていなかった。


カリムはその熱狂を完全に掌握したと悟り、両手を高く掲げた。



「封律議会に委ねる未来は死だ! だが、我らが結束すれば――生き延びる道は必ずある!」



松明の炎が大きく揺れ、夜空に赤々と火の粉が舞い上がる。


村人たちは一斉に歓声を上げ、その声は夜の闇を震わせた。



こうして広場に集った者たちの心に、


「カリムこそが頼れる指導者」――その印象が、深く、揺るぎなく刻み込まれた。



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