第110話 魂と鍛錬
白光に包まれていた視界がようやく晴れ、光也は荒く息をついて膝に手をついた。
胸の奥ではまだ心臓が高鳴り続けている。
見たものがあまりに生々しく、そして痛ましかったからだ。
——姉と弟。
互いを信じ、約束し、そして引き裂かれ、それでも「祈り」として一つになった。
その強烈な情景は、目を閉じても焼き付いて離れない。
「……どうして」
声は震えていた。
「どうして僕に……あんなものを見せたんですか?」
ミロシュは隣に立ったまま、しばし彼を見下ろしていた。
その眼差しは冷たくも熱くもなく、ただ真実を選び取る者のものだった。
やがて静かに口を開く。
「君の魂は、この世界の支配下にない」
光也は息を呑んだ。
「支配下に……ない?」
「封律議会の言葉を借りれば"理外"だ」
ミロシュは淡々と告げた。
「だが、我々の見解は違う。君は"この世界に受け入れられなかった"のではない。——君自身が、この世界の支配を拒絶したのだ」
「……僕が?」
光也は目を見開き、首を振った。
「そんなこと……した覚えなんて、ありません」
ミロシュの瞳にわずかな笑みが揺れた。
「であるならば、無意識のうちに抵抗したのだろう。魂が本能的に従うことを拒んだ。つまり君は、それほどまでに強靭な魂を持っている、ということだ」
光也は言葉を失い、ただ自分の胸に手を当てた。
鼓動はまだ速かったが、その一つひとつが、今までとは違う重みを持っているように思えた。
ミロシュは静かに佇み、光也の反応を見守っていた。
やがて、深く息を吐くと問いかけた。
「……君がこの世界に召喚される前。元の世界ではどうだった?スキルを、限界まで鍛え上げていたのではないか?」
その言葉に光也は一瞬、瞬きをした。
自分が"スキルを極限まで鍛え上げた存在"——そう評価されるとは意外だった。
「……スキルなんて、僕のいた世界にはなかったんです」
肩を落とし、少し苦笑しながら続けた。
「でも、心も体も、頭も……できる限り鍛えました。武道を学び、走り、読書し、考え続けた。何をやればいいのか分からなかったから、とにかく全部。それが当たり前だと思ってました」
ミロシュの瞳がわずかに細められる。
光也は言葉を継いだ。
「ただ……この世界に来てからは、体が全く思うように動かなくて。何もできていません。訓練しようとしても、まるで"何か"に押さえつけられているような感覚で」
彼の言葉は弱音ではなく、率直な告白だった。
森の空気がひときわ静まり返り、その声だけが響いた。
ミロシュは短くうなずき、何かを確信したように呟いた。
「……やはり、君の魂は異質だ。鍛錬によって積み上げた基盤が、世界の"理"を受け入れることを拒んでいるのかもしれない」
光也は息を飲み、無意識に自分の手を見つめた。
その手は震えていない。
けれど、森の奥に潜む"何か"が、彼の魂を注視しているような気がした。
——彼はまだ、自分がどんな存在に近づこうとしているのか知らなかった。