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第102話 迎撃組の動き

夜の森が再び騒がしさを取り戻した。


倒れかけた封律兵たちが呻きながら立ち上がり、血走った目でミロシュを睨みつける。


指揮官は声を荒げた。


「全員、位相を強制固定せよ! 対象は……"未定義の少年"とその護衛だ!何としても光也を確保しろ!」



地面に散った封印符が再び燃え上がり、術式が再構成される。


銀色の鎖が幾重にも交差し、森の空を覆うように降り注いだ。



――だが、ミロシュはすでに動いていた。


彼の足元から円環の紋が展開する。


封律の規格から逸脱した幾何学――外界の祈りを翻訳した"叡智の環"の術式。


鎖が触れた瞬間、音もなく蒸発するように消え去った。



「馬鹿な……! 我らの封印が"存在そのもの"を拒絶されている……!?」


兵の一人が悲鳴を上げた。


ミロシュは答えず、ただ掌を突き出した。


空気が震え、螺旋状の衝撃波が前方に走る。


樹木をなぎ倒し、鎧を纏った兵を十数メートル先まで吹き飛ばした。


光の余波はなおも森を照らし、魂柱の脈動と共鳴する。



「……この力……あなた、何者……」


ヒカリが息を呑んだ。


ミロシュはちらりと振り返り、短く答えた。


「問うな。今は守る時だ」



その言葉に、エルナは強く唇を結んだ。


光也を庇いながら、その背後に立ち続ける。


光也自身も胸の奥に熱を感じていた。


魂柱の鼓動がミロシュの力と同調している――そう確信できた。



封律兵たちはなおも怯まず、隊列を組み直した。

 

指揮官が叫ぶ。


「全員で同調せよ! "灰滅の連鎖"を展開しろ!」



十数名の兵が同時に刀を構え、黒灰色の鎖が大地から噴き上がった。

 

それは結界すら侵食する禁呪級術式。村ごと消し飛ばす力を持っていた。



――だが、その灰滅鎖は森に届く前に止まった。



ミロシュの背から放たれた光輪が灰鎖を包み込み、逆に圧縮していく。

 

軋む音、悲鳴を上げる術者たち。

 

そして次の瞬間、灰鎖は逆流し、術者たち自身を飲み込むように爆ぜた。



轟音。

 

衝撃で森が震え、数名の兵が血を吐いて倒れ込む。



「……っ、撤退だ! これ以上は制御できん!」

 

指揮官が喉を裂くように叫び、残った兵たちは光の残滓を恐れるように森の奥へと消えていった。



静寂。

 

崩れた木々と漂う焦げた匂いの中で、ただ魂柱の脈動だけが残響のように響いていた。



ミロシュは深く息を吐き、膝をついた。

 

その額に冷や汗が滲んでいる。

 

普段の穏やかな姿からは想像もできない、凄まじい力の発露だった。



「ミロシュさん……あなた、本当は……」

 

光也が口を開く。


だが、彼は首を横に振った。


「知る必要はない。ただ一つ――」



視線が光也に注がれる。

 

その眼差しには確信が宿っていた。



「君こそが、この村を守る鍵だ」





夜の森に、突如として波のような振動が広がった。


それはただの風や獣の気配ではない――術と力の衝突が生み出した、紛れもない戦いの波動だった。


マリスはすぐに顔を上げ、空気を読むように目を細める。


「……あれは、結界を揺るがすほどの規模だ。村の外れ……いや、森の奥か」



ティナは耳を澄まし、気配の方向を指差した。


「かなり深い。規模から見て、ただの魔獣じゃない。人の戦い……封律の兵か、あるいは」



グレンナが肩の盾を握り直す。


「迎撃するか? 放っておいて村に被害が及んでも困る」



エルメラは緊張した声で応じた。


「でも、私たちが離れすぎると村が手薄になります」



マリスは顎に手を当て、少し考え込むと低く呟いた。


「……妙に派手すぎるな。露骨だ。あれは、もしかすると――我々をおびき出すための作戦かもしれない」



その言葉に全員が一瞬黙り込む。


確かに、村の守りを破るには戦闘をわざと遠方で仕掛け、戦力を誘い出すのが最も効果的だ。



マリスはすぐに決断を下した。


「ティナ、一人で村の裏手を回れ。敵の別働隊がいるなら、村のどこを狙うか確認してこい」



ティナは頷き、短く息を吐いた。


「了解。……すぐ戻る」



その瞬間、彼女の姿は森影に紛れて消え、静かな夜の中を駆けていった。


残った三人は互いに視線を交わし、戦いの波動が響く方角へ歩みを速める。


しかし森を抜けてもなお、波動は弱まらず、むしろ強くなっていく。


グレンナがぼやくように口を開いた。


「……結構な距離だな。思ったより奥じゃないか?」



マリスも険しい表情のまま同意する。


「かなり離れているな。……どれほどの力をぶつけ合っているんだ、あれは」



彼らはなおも走りながら、遠方に立ち上る淡い光を目にした。



それは夜の森にあり得ぬ輝き――魂の波動と呼応する、尋常ならざる戦いの炎だった。



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