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第101話 突発的な襲撃


夜の森は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。


濃い闇が樹々の枝葉にからみつき、足元に敷かれた古びた石畳だけが淡い月光を受けて銀色に浮かび上がる。


光也はその石畳を一歩、また一歩と踏みしめていた。


胸の奥に微かな鼓動の乱れを感じるたび、周囲の"魂柱"が呼応するように低く脈動する。


まるで森そのものが呼吸し、彼の存在に応えているかのように。


横を歩くヒカリがその変化に敏感に眉をひそめ、小声で囁いた。


「……やっぱり。結界の核は、あなたを待っている。光也」



彼は言葉を返せず、ただその揺らぎを感じ取るように胸に手をあてる。


自分の鼓動と魂柱の脈動が同じ拍子を刻む錯覚に、心が騒ぎ出した。



先頭を歩くミロシュの背は月光を浴びてもなお影のように沈み、どこか人ならざる静けさを纏っていた。


彼は立ち止まることも振り返ることもなく、ただ前方を見据えたまま言う。


「答えは供物台にある」


それだけを告げ、再び歩みを進めた。



エルナは黙したまま、慎重な眼差しで光也と森を見比べながらついていく。


その沈黙は、警戒であり、同時に信頼の証でもあった。



森を抜ける風が枝葉を揺らし、どこか遠くで鳥の羽音が走った。


夜の静寂の中、魂柱の低い脈動と光也の鼓動だけが響き続け、四人の行く先を導いていた。



森の静寂を破るように、硬質な金属のきしむ音が森に響いた。


石畳の両脇に並ぶ木々の陰から、黒銀の鎧を纏った人影が次々と現れる。


十数名。鎧の表面に刻まれた封律紋章が月光に照らされ、不気味な輝きを放っていた。



――封律兵。


彼らは無言で一斉に抜刀した。


術式刀が鞘を離れる音が重苦しい森の空気を切り裂く。


刀身に絡みつく符術の光が、夜気の中で淡く揺らめいた。



中央に進み出た指揮官が声を張り上げる。


「第一目標、光也の捕縛。副次目標、魂柱構造の回収」



冷徹な命令に、光也の胸が凍りついた。


すぐにヒカリが彼の前へ飛び出し、両腕を広げて立ちはだかる。


「あなたたちに渡すわけにはいかない!」



エルナもその横に並び、腰の符刀に手をかけた。鋭い眼差しには決意が満ちている。


「ここは……誰にも穢させない」



守られるようにして立つ光也だが、その足は自然と一歩前に出ていた。


恐怖よりも、胸の奥で脈打つ"魂柱の揺らぎ"が彼を突き動かしていた。



「……僕は逃げない」


その言葉と同時に、封律兵たちが一斉に術式を展開し始める。


空気を走る符光、幾何学的な紋様が夜空に浮かび、封鎖陣の構築が進んでいく。



数と速度に圧倒されそうになる。


森の空気が重く歪み、全員を押し潰すように閉じていく。



ヒカリとエルナが必死に光也を庇い、光也自身もその圧迫感の中で拳を握りしめる――。



その瞬間、歩みを止めていたミロシュが、静かに顔を上げた。


封律兵たちが完成させた術式陣は、森の空に巨大な封鎖網を描き出していた。


幾何学的な光の紋様が絡み合い、石畳の上を包囲するように広がっていく。


その中心に立つ光也――彼を狙う鋭い視線が、数十の刃のように突き刺さる。



「封じよ!」


指揮官の叫びとともに、封印鎖が地面からせり上がり、蛇のように光也へと絡みつこうとした。



だが、その瞬間。



――風が止み、森の音がすべて途絶えた。



ミロシュが一歩、前に出ていた。


彼の両眼に淡い光輪が浮かぶ。


普段は決して見せない力――叡智の環の者のみが扱う、"理外の記憶"を引き寄せる能力だった。



「退け」



低く吐き出されたその一言が、周囲の空気を震わせた。


封印鎖が光也に届く直前、見えない衝撃が走った。


まるで森そのものが呼吸を取り戻したかのように、封律兵たちの術式陣が次々と弾け飛ぶ。


術者たちは呻き声を上げ、数歩後退した。



「な……干渉を弾かれた……!? この規模の逆位相操作を、一人で……」


指揮官の声が震えた。



だがミロシュは答えず、静かに歩みを進める。


彼の周囲には光の粒子が漂っていた。


それは森の奥から集まるように舞い寄り、まるで"失われた祈り"が彼の体を通して現世に呼び戻されているかのようだった。


「この地は……守られてきた。誰のものでもない、祈りの層だ。貴様らの封印と簒奪で、踏みにじることは許さない」


その言葉と同時に、彼は掌を広げた。


空間が裂け、そこから放たれたのは封律兵たちが知る術式体系には存在しない"螺旋の光"――叡智の環の秘奥。


螺旋光は鎖の残滓を焼き払い、森を覆っていた封鎖網を一瞬で崩壊させた。


封律兵たちは吹き飛ばされ、結界式を維持できずに次々と膝をつく。



光也はその光景をただ呆然と見つめていた。


彼の胸の奥で、魂柱の脈動が激しく呼応している。



「……ミロシュさん……あなたは……」


問いかけようとした光也の言葉を遮るように、ミロシュは振り返った。


その表情はいつもの柔和な笑みではなく、戦士としての厳しさを帯びていた。


「問うな、光也。今は――ただ、生き延びろ」



次の瞬間、再び封律兵たちが体勢を立て直し、第二波の術式を展開し始める。



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