第100話 外敵迎撃組 ― 配置と役割の再確認
夜の帳が村を包み込む。
マリスは木造の集会所から一歩外へ出ると、振り返りもせず短く声をかけた。
「……行くぞ。時間を無駄にするな」
その背に続くのは、肩幅の広い女戦士グレンナ、夜の闇を切り裂くような鋭い瞳のティナ、そして白い法衣の裾を抑えながら小走りで追いつくエルメラ。
四人は人気のない畑道を抜け、村の外れへと歩を進めた。
やがて足を止めると、マリスは周囲を見回し、低い声で切り出した。
「会議で決まったことは一つ――村を守る。それだけだ」
短い言葉に、グレンナが頷き、腰の大剣を鳴らした。
「前は任せろ。森境界に陣取って、誰一人通さん」
ティナは小柄な体をわずかに屈め、夜風を嗅ぐようにして微笑んだ。
「私は森を走る。敵の影を見つけ次第、合図を送るわ。撹乱も得意だしね」
エルメラは胸の前で両手を重ね、不安げながらも確かな意志を宿した瞳で言葉を続けた。
「私は……皆さんの後ろから支えます。治癒術と補助結界、必要なら魂柱の揺らぎも見ます」
それを聞いたマリスは、夜目に光る瞳を細め、短く息を吐いた。
「いいだろう。役割は決まった。私は全体の指揮を執る。状況がどう転んでも、判断を迷うな。村の者を巻き込むな」
その言葉に、三人は同時に頷いた。
彼らに迷いはない。
自らに課せられた役目を果たすためだけにここにいる。
遠く、森の方角から梟の声が響いた。
夜の闇は深く、しかし確かに迫りくる気配を孕んでいる。
四人はそれぞれの武器と祈りを携え、静かに配置へ散っていった。
夜の森は、昼間の穏やかな姿を完全に隠していた。
梢を抜ける風のざわめきと、土の上を走る小動物の足音。
それらすべてが、潜む脅威の気配に思えてならない。
ティナはその闇に身を沈め、両掌を地面に当てた。
「――小結界、展開」
囁くような詠唱とともに、青白い符紋が土に描かれ、蜘蛛の巣のように広がっていく。
それは目に見えぬ網となり、森を抜ける影の足跡を記録する仕掛けだった。
ティナは小さく息を吐き、口角をわずかに上げた。
「これで、鼠一匹でも逃さない」
一方、村に通じる小道では、グレンナが汗を流しながら丸太を積み上げていた。
斧を振るい、縄で縛り、土嚢を組み合わせる。
わずかな時間で、彼女の手によって小道は堅固な防御拠点へと変貌した。
「ここを突破しようとする者は、骨を折ることになるだろうな」
彼女は土嚢の上に腰を下ろし、冷たい夜気を吸い込んだ。
瞳はすでに、森の奥を鋭く射抜いていた。
マリスは小高い丘に立ち、四方を見渡していた。
村の灯火も、森の影も、すべて彼女の視界に収まっている。
腰の短剣に触れながら、彼女は頭の中で幾筋もの判断線を引いていた。
「……ここなら、敵の侵入も村内の動きもすぐ分かる。状況が変われば、誰よりも早く伝えられる」
独り言のように呟き、視線を鋭く光らせる。
彼女の役目はただ一つ――全体を繋ぎ、最善の一手を導くことだった。
そして村の中心。
月の光を受けるようにして、エルメラは祭具と治療具を並べていた。
不安げに揺れる瞳だが、決して退くことはない。
「傷ついた仲間を必ず守る……。そして、この揺らぎの奥に潜む真意を見極める」
――四人の配置が整った。
静寂を切り裂くのは、敵の足音か、それとも新たな運命の兆しか。
村を守る夜の戦いは、すでに始まっていた。