表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

第10話 構造としての戦い

──力は、強さではない。配置だ。


たとえ剣を振るえずとも、勝利を手繰り寄せる者がいる。

この話は、そんな"設計者"の物語。


肉体ではなく、思考で戦場を動かす者。

兵法と構造、心理と空間を味方につける少年が、

初めて"戦いの本質"に触れた日を描く。


"勝つ"ことと"倒す"ことは、必ずしも同義ではない。

光也が見出したのは、「見えない刃」の意味だった。



──個の強さだけでは届かない場所がある。

勝つために必要なのは、"力"ではなく"配置"だ。



戦いの本質は、剣戟の交差にあると思っていた。


拳と拳、肉体と肉体のぶつかり合い。そこにしか"真実"はないと。


けれど、ある夜――ある模擬戦で、光也は知った。



圧倒的な個も、"悪い配置"に置かれた瞬間に沈む。



勝敗は、"動き出す前"に決していることを。





それは五対五の模擬戦だった。


廃ビルの複雑なフロア構造を利用した市街戦形式の訓練。光也は指揮官としてチームを率いることになった。



最初にしたのは、「勝ち筋」ではなく「負け筋」を考えることだった。




「ここで突出すれば、確実に孤立する。ここの死角は視線が交わらない。このルートは"罠"として使える……」




彼は戦いを"図"として見る感覚を身につけていた。







数週間前のことだった。


光也は誰に命じられたわけでもなく、書店に足繁く通っていた。



孫子の兵法。


クラウゼヴィッツの『戦争論』。


リデル=ハートの間接アプローチ理論。



分厚い専門書に赤線を引きながら、彼は"戦いの構造"を徹底的に探究した。


さらに三国志演義を読み込み、蜀・魏・呉それぞれの用兵思想をノートに書き記していった。



「兵は詭道なり。戦わずして勝つ。敵の視界を塞ぎ、心を曇らせる。そして"選ばせる"のだ、敗北へのルートを」






模擬戦当日、空は鉛色に曇っていた。


都市型訓練フィールドには、瓦礫、放置された車両、崩れかけたビル群。


すべてが現実の市街戦を想定したつくりだった。


入り組んだ死角と、コンクリートに反響する足音、密閉空間の音の伸び。


光也は、この空間のすべてを頭に叩き込んでいた。



「5人対5人。ルールは殲滅戦。通信機は自由に使用可」



開始前、教官がそう言い残すと、全員がフィールドに散った。


敵は、先月の模擬戦で全勝を記録した熟練チーム。



一方、光也はこの日が初めての指揮官役だった。



だが彼は、少しの迷いも見せず、仲間たちに目線を送った。



「配置開始。ルートα、計画どおり」



光也の武器は、銃でも格闘技でもない。



それは"把握と予測"――情報によって組み立てられた、戦場というパズルを読み解く力だった。



訓練施設の見取り図は前夜までに完璧に記憶した。


反響する路地、音が吸収される草地、監視カメラの死角――


それぞれの特性をもとに、彼は5人を5方向に"分散配置"させた。



「普通は集める。だが、俺は"散らす"」



各隊員には個別のマニュアルが渡されていた。


──敵がこのルートから来たら、何秒後にどこへ移動。


──自分が囮になった場合、どこで音を立て、どう"消える"か。


光也はすべての可能性を、事前に潰していた。



開始のホイッスルが鳴る。



すぐに敵側の前衛2名が中央広場を駆け抜けるのがカメラに映った。


だがそこは光也が"空白"として用意したエリアだった。何もない。


彼はマイクに囁いた。



「囮、行け。反響ポイントでジャンプ」



北側の仲間が、わざとスニーカーを"硬質ゴム板"に叩きつけた。


跳ね返った音は壁に反響し、まるで東側から複数人が接近しているかのような錯覚を作り出す。


敵は釣られた。


それを確認した光也は、別ルートに潜ませていたA班とB班に命じた。



「いけ。沈黙して、背後を取れ」



敵はまだ錯覚の中にいた。


中央の2人が右へ動き、背中を晒した瞬間、"何もない"はずの背後から沈黙のまま迫る。


通常、足音は完全には消せない。


だが光也は全員の靴裏に吸音素材を貼り、呼吸まで合わせて気配を消して敵に近づく。



「……囲まれてる?」



敵のリーダーが異変に気づいた時には、すでに仲間2人が音もなく無力化されていた。


「C! 応答しろ! B班はどうした⁉」


混線する無線。


光也が配置した金属反響板の"音壁"が、敵の通信を拡散・重複させていた。


号令も命令も届かない。



「ゲームセット!」



教官の声が響く。


敵チーム全滅。光也チーム全員無傷。


勝敗が決まった瞬間、フィールドに静寂が戻った。


観戦ルームにいたベテラン教官が、ヘッドセットを外しながら呟いた。



「……これは"戦術"じゃない。戦場そのものを、"設計"してやがる……」



仲間が駆け寄ってきて、光也に声をかけた。



「なあ、なんで相手の位置がわかったんだ?」



光也は簡潔に答えた。



「"どう動くか"は、最初からわかっていた。選択肢が3つなら予測は容易だ。

あとは……一手目で誘導すれば、答えは1つに絞られる」



そう言って、彼は懐からノートを取り出した。


そこには、フィールドの図面と、敵の全ルート予測が記されていた。



「これはもう、"読み"じゃない。構造による勝利だ」






◇夜、帰路にて。


古びたノートのページに、彼は静かに言葉を記す。


・強さを誤解するな。・布陣が敗北を招く。・"最適配置"こそ、最強の力だ。



彼のノートには、びっしりと仮想戦の戦術案が並んでいた。


都市ゲリラ戦、陽動と包囲の連携、心理攪乱とフェイク指令。


図面と文字が混ざり合うそのページは、一冊の戦争の書のようだった。


ページの余白に、小さく書き記す。



『戦わずして勝つ』



それはまだ未完成の概念だった。



だが、この日から確かに、"戦場をデザインする青年"としての第一歩が始まった。



そして彼の眼差しは、再び夜の帳へと向けられた。


次に学ぶべきは、"敵の心"そのものだった――

この回では、光也の"戦術家"としての覚醒を描きました。

拳や剣ではなく、"構造と配置"で勝負を決めるというテーマは、

一見地味でありながら、非常に本質的な戦の形です。


強さとは何か。勝つとはどういうことか。

この問いは、今後の彼の戦いにおいても、何度も揺さぶられることになるでしょう。


「戦場を読む」とは、「人を読む」ことと似ています。

敵の動き、味方の心理、そして空間の可能性――

光也の戦いは、まだ始まったばかりです。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。感想・評価などお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ