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第1話  少年の憧れ

はじめまして。

本作は、“何でも持っているけれど、何も感じられない”少年が、やがて異世界で〈本当の生〉を見つける物語です。


どこか物足りなさを感じていた日常に、ひとつの大きな転機が訪れる──

そんな始まりの物語を、まずはゆっくり描いていきます。


よければ、少しだけ、お付き合いください。

― 朝の天城家・裕福な朝食風景 ―



焼きたてのクロワッサンの香りが、ダイニングを満たしていた。



ふんわりと膨らんだ表面には艶やかな焼き色がついていて、バターの芳醇な香りが湯気とともに立ち昇っている。銀製のカトラリーが朝陽に反射して輝き、壁掛けのスイス製時計が上品に時を刻んでいた。



天城家の朝は、まるで"パーフェクト・モーニング"の教科書のようだった。



「光也、お前ならどんな仕事でも成功するぞ」



新聞を折りたたみながら、父・修一がにこやかに言う。銀行役員として第一線で働く彼のスーツは今日も皺一つなく、その口元には揺るぎない自信が浮かんでいた。



「最近、剣道でも全国優勝したんだっけ? すごいわねぇ」



母・玲子は紅茶のカップを静かに置きながら、優しく微笑む。彼女の手作りの朝食は、五つ星ホテルにも劣らない味とバリエーションで、朝からビュッフェのような賑わいだった。



「お兄ちゃんって…人生イージーモードだよね〜」



妹の美玖は、もぐもぐとクロワッサンを頬張りながら言った。中学三年生とは思えないほどアニメとラノベに詳しく、目下の悩みは「推しカプの展開が尊すぎて眠れないこと」らしい。



俺――天城光也は、その幸せな風景のど真ん中にいた。



制服のネクタイを片手で締めながら、もう片方の手でスマートにスクランブルエッグを口に運ぶ。テレビでは、またどこかのスポーツ大会の優勝者が紹介されていた。



(……うん、今日も完璧)



だが、俺はというと――


どこか、心の奥に穴が空いているような気がしていた。



「……たしかに。全部上手くいきすぎて、逆につまらない。人生、チートすぎるのも問題だよな」



家は裕福。両親は優しい。妹は可愛い。成績は常にトップ。運動神経も良好。コミュ力も十分。


まるで「人生の攻略本」を事前に読んでから生まれてきたような順風満帆さ。


だけど――どれだけ褒められても、称賛されても、心が動かない。


いわば、チートすぎる人生は"退屈"という毒を孕んでいた。



この幸福な風景が、永遠に続くとは限らないと…


そんなことを、ぼんやりと考えながら、俺は最後のクロワッサンを口に運んだ。






朝の空は、雲一つない快晴だった。


高層マンションのガラス窓に太陽の光が反射し、駅前の並木道では緑の葉が風にそよいでいる。


駅を出て、制服姿の生徒たちが次々と校門へ向かうなか、その流れの中でひときわ目を引く二人の少年がいた。


一人は、整った顔立ちに爽やかな黒髪。シャツの袖口まできちんと整えられ、歩き方すら無駄がなく、美しさすら感じさせる。


天城光也──。この春、高校二年生になったばかりの、文武両道・容姿端麗・家柄良しのトリプルチート男である。


その隣で、少し猫背で歩くのは、親友の杉村。メガネ越しの目元はやや鋭いが、口を開けば一目瞭然の典型的なラノベ&アニメオタクだ。


「光也、聞けよ!」


唐突に杉村が口火を切る。


「今期の異世界アニメ、ヤバいの来たぞ! 主人公が"冷蔵庫"に転生するんだよ! タイトルもすごい。"異世界冷蔵庫ライフ~凍てつく世界で俺だけ常温~"」


光也は思わず吹き出しそうになりながら眉をひそめた。


「……常温で無双すな」


「しかもさ、冷蔵庫のくせに、ヒロインが勝手に寄ってくるんだよ。"あたたかい……この冷蔵庫の中だけが……"とか言って。いや、冷蔵庫なのにあったかいのかよ!」


通学路を歩きながら、杉村の興奮は止まらない。


「でもな、再生数はトップなんだよ。たぶん"頭おかしい枠"として話題になってる」


「なるほど、逆張りの覇権狙いか……」


光也は小さく笑いながら、歩幅を緩めた。


「まあ俺は、普通に"人間"で転生したいけどな。チート能力で無双して、勇者になって、魔王を倒して、世界を救って……」


光也の口元に、どこか夢見るような笑みが浮かぶ。


「……それくらいぶっ飛んだ方が、生きてるって感じがしそうだ」



そんなことを考えているうちに、制服姿の女子たちが通りかかる。


女子たちの視線が光也へと向けられるが、誰一人声をかけようとはしない。むしろ、ひそひそと距離を置くように通り過ぎていく。


「……にしても、お前」


杉村が小声で言う。


「完璧すぎて、近寄りがたいって評判だぞ?」


「……マジ?」


「うん。勉強も運動もできて、性格も良い。でも『隙がなさすぎて怖い』って女子に言われてるんだ。告白しても成功率ゼロ、って都市伝説まであるくらいさ」


光也は無言で眉をひそめる。


杉村が思い出したように続ける。


「そうそう。三年の加藤先輩が『光也くんって、怖いくらい理想形……』って震えながら言ってたの、笑えたよ」


「……それ、褒め言葉なのか?」


とぼけたように笑い、光也は小さく肩をすくめる。


校門が視界に入る。チャイムの音が、校舎の向こうからかすかに響いてくる。


「まあ、転生でもしないと恋愛フラグ立たないのかもな」


「でも、もし本当に異世界に行けたら──俺は、今よりもっと本気で、生きられる気がする」



その言葉が、彼の心の奥底で静かに鳴り響いた。まるで、世界のどこかで始まりの鐘が鳴ったかのように。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


天城光也は、何不自由ない人生を歩んでいます。

でもそれは、どこか空っぽで――「生きてる実感がない」とすら感じている。


そんな彼に、やがて“衝撃の事件”が訪れます。


第1話ではまだ静かな朝の風景でしたが、次回から少しずつ、彼の世界が揺らぎ始めます。


よければ、もう少しだけ、彼の人生を見届けてやってください。


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