ラウンド2:神はサイコロを振るのか?~不確定性の世界
あすか:「ラウンド1では、『観測』されるまで猫の生死が決まらないという、量子世界の奇妙な側面が露わになりました。そして、観測から独立した『実在』はあるのか、という根源的な問いも…。その問いに、さらに深く切り込む原理がありますね。」(視線をハイゼンベルクに向ける)「ハイゼンベルク博士、あなたの名を冠した『不確定性原理』。それが私たちの世界観にどれほどの衝撃を与えたのか、教えていただけますか?」
ハイゼンベルク:(少し居住まいを正し、しかし自信に満ちた表情で)「はい。不確定性原理は、簡単に言えば、ある粒子の『位置』とその『運動量』のような、互いに関連する二つの物理量を、同時に、いくらでも正確に知ることは原理的に不可能である、ということを示しています。」(クロノスに不確定性原理の数式が表示される)「これは、我々の測定技術が未熟だから、という話ではありません。自然そのものが持つ、本質的な制約なのです。」
あすか:「本質的な制約、ですか?」
ハイゼンベルク:「そうです。例えば、電子の位置を正確に知ろうとして、より波長の短い光(ガンマ線など)を当てたとしましょう。すると、位置はより正確に分かりますが、その光子が電子に与える運動量の擾乱が大きくなり、電子の運動量が不確かになってしまう。逆もまた然りです。一方を正確にしようとすれば、もう一方が必然的に不確かになる。これは、観測という行為が、観測対象に影響を与えずにはいられない、という量子世界の基本的な性質の現れなのです。」
ボーア:(穏やかに頷きながら)「そしてそれは、私が提唱した『相補性』の原理とも深く関わっている。位置を正確に知ることは粒子的な側面を強調することであり、運動量を正確に知ることは波動的な側面を強調することに対応する。粒子性と波動性という、互いに排他的でありながら対象を完全に記述するために必要な二つの側面を、同時に完全に明らかにすることはできない。ハイゼンベルク君の原理は、その相補性を数学的に明確に示したものなのだよ。」
アインシュタイン:(それまで黙って聞いていたが、こらえきれないといった様子で、低い声で)「もう、たくさんだ…!」(立ち上がりはしないが、身を乗り出すようにして)「不確定だと?確率だと?それは単に、我々の知識が現時点で不完全であることの言い訳に過ぎないのではないのかね!?」(テーブルを指でトントンと叩く)「その『観測による擾乱』とやらも、もっと巧妙な方法を使えば避けられるはずだ!物理法則というものは、本来、厳密で決定論的なものであるべきだ!」
(アインシュタインは、強い信念を目に宿して続ける)
アインシュタイン:「いいかね、神はサイコロを振らないのだよ!宇宙の運行が、そんな気まぐれな偶然や確率によって左右されているなど、私には到底、到底信じがたい!量子力学が現状、多くの現象をうまく説明できていることは認めよう。だがそれは、より深く、より完全な理論が存在することを示唆しているに過ぎないのだ!その『隠れた変数』とやらを、我々がまだ見つけられていないだけなのだよ!」
シュレーディンガー:(苦々しい表情でアインシュタインに同意する)「アインシュタイン博士の憤りは、痛いほど理解できる。私もそうだ。私が導き出した波動方程式は、本来、原子の世界を連続的で、因果律に従うものとして記述するはずだった。美しい数式だったのだよ。それがなぜ、こんな…確率の霧だの、観測による状態の『跳躍』だの、そんな不連続で理解しがたい解釈をされねばならんのだ!」(嘆くように首を振る)
ボーア:(アインシュタインに静かに、しかし強い意志を持って向き直り)「アインシュタイン君、君の決定論への強い信念には敬意を表する。だが、君が『神』と呼ぶものが、どのような法則でこの世界を創ったのか、我々人間が指図する権利などないのだよ。我々にできるのは、自然が実験を通じて我々に示してくれる姿を、謙虚に、注意深く観察し、それを矛盾なく記述する理論体系を構築することだけではないのかね?量子力学は、現時点で最も成功している理論なのだ。」
ハイゼンベルク:「そうです、アインシュタイン先生。我々が物理学で扱えるのは、原理的に『観測可能』な量だけです。そして、観測という行為は、対象との相互作用なしにはありえない。その結果として現れる確率性や不確定性は、我々が避けて通れない、この世界の基本的な仕組みなのかもしれません。その背後にある、観測不可能な『客観的実在』を仮定すること自体が、もはや物理学的な意味を持たないのではないかと、私は考えます。」
アインシュタイン:「意味がないだと!?馬鹿なことを言うな、ハイゼンベルク君!物理学者の仕事とは、まさにその観測の背後にある客観的な実在を探求することだろうが!現象の記述だけで満足するなど、それは物理学者の怠慢だ!」
ボーア:「いや、アインシュタイン君、それは違う。我々は現実から目を背けているわけではない。むしろ、量子力学を受け入れることによって、我々は『実在』や『観測』といった概念そのものについて、より深く、より根本的な問い直しを迫られているのだ。」
シュレーディンガー:「だがボーア博士、その問い直しの結果が、あのグロテスクな『猫』の状態を認めろというのでは、納得がいかんのだよ!」
あすか:(白熱する議論に割って入る。彼女自身も少し興奮しているようだ)「皆様、ありがとうございます!まさに世紀の激論です!神はサイコロを振るのか、振らないのか…?観測の背後にある実在とは…?量子力学が突きつける根源的な問いに、皆様の信念が真っ向からぶつかり合っています!この熱い議論の先に、さらに奇妙な世界が待っています。次のラウンドでは、アインシュタイン博士が『不気味』とまで評した現象に迫ります!」
(スタジオの照明が再び変化し、次のラウンドへの期待感を高める。)